「A社長。その覚え書きの内容は法律に抵触している可能性があるので後からもめるかもしれませんよ。苦労をともにした幹部を相手に弁護士を通したくない、という気持ちはわかります。しかし、ここは弁護士に任せた方がいいんじゃないでしょうか……」
A社長はハッとしたような表情をし、その後テーブルへと視線を落としました。
苦しそうな表情をしています。
どんなに「言葉」を選んでも、アドバイスは相手を傷つける
「あともう一つ。中小企業は社長の影響力がものすごく大きいのはA社長もご存じでしょう。僕が心配なのは、A社長がこの労務問題で心を痛め、エネルギーを奪われていることなんです。貴重な社長の時間とエネルギーがたくさん奪われている」
A社長は視線を落としたまま、歯がみしています。
私は続けます。
言葉が止まらない。
「貴重な時間を使って、『元幹部になんて伝えればいいだろう……文面をどうすれば相手を傷つけずにすむだろう……』と、社長がそのように神経を使うのはもったいないと思うんですよね。そこは顧問弁護士に任せて、社長の心労を少しでも減らすことこそが大切ではないでしょうか……もちろん、お決めになるのは社長です。あくまでも、僕だったら……という提案でしかないのですが……」
そのときのことを今思い出しても、私の伝えた内容が間違ったものだとは思いません。しかし、余計なことを言ってしまった……という後悔が強く残っています。
というのも、そのとき、A社長の表情に一瞬浮かんだ、「そんなことはわかっているよ」と言いたげな憤りと、その後の無気力さ、そしてその後も会話が弾まず、気まずい雰囲気のまま食事会が終わってしまったことが忘れられないからです。
おそらく、私のアドバイスに“暗在”している「A社長、あなたの判断は間違えている」という「否定」を感じ取ったうえに、まるで“上”からアドバイスするような私のスタンスにも反発を覚えたはずです。そもそも、A社長は、私のアドバイスを求めていたのではなく、ただ私に共感してほしかっただけなのです。私が彼の立場ならば、そう思うに違いないのです。ところが、私は、あのとき、その当たり前のことを見失ってしまったのです。
たとえ、傾聴9割、アドバイス1割だったとしても。
たとえ、相手との深い信頼関係が築けていたとしても。
たとえ、押しつけにならぬよう言葉を選び、提案の形を取り、相手の選択に委ねる、と付け加えたとしても。
これだけの条件が揃っていても、それでも、アドバイスをした瞬間に「反発」と「無気力」が訪れてしまう。
それほど、アドバイスというものは難しい。改めてそれに気づかされたのです。
(この記事は、『優れたリーダーはアドバイスしない』の一部を抜粋・編集したものです)
企業研修講師、公認心理師
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』や『すごい傾聴』(ともにダイヤモンド社)など著作49冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に公認心理師・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童生徒・保護者などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。