どうやって部下とチームを育てればいいのか? 多くのリーダー・管理職が悩んでいます。パワハラのそしりを受けないように、そして、部下の主体性を損ねるリスクを避けるために、一方的に「指示・教示」するスタイルを避ける傾向が強まっています。そして、言葉を選び、トーンに配慮し、そっと「アドバイス」するスタイルを採用する人が増えていますが、それも思ったような効果を得られず悩んでいるのです。そんな管理職の悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏は、「どんなに丁寧なアドバイスも、部下否定にすぎない」と、その原因を指摘。そのうえで、心理学・カウンセリングの知見を踏まえながら、部下の自発的な成長を促すコミュニケーション・スキルを解説したのが、『優れたリーダーはアドバイスしない』(ダイヤモンド社)という書籍です。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、「アドバイス」することなく、部下とチームを成長へと導くマネジメント手法を紹介してまいります。

“優しい上司”が職場で「居場所」を失う“哀しい理由”写真はイメージです Photo: Adobe Stock

多くのリーダーが経験する“振り子”運動

「教示型」リーダーと「回避型」リーダー。
 私が見るところ、世の中の上司・管理職の大半はこのどちらかに分類されるのではないでしょうか? 部下に積極的に指示・命令・指導する「教示型」と、そうした「教示」を避けようとする「回避型」の2つのパターンです。

 ただし、かつての私がそうだったように、最初は「教示型」でやっていたものの、その結果部下たちに嫌われて、マネジメントが成立しなくなり、「回避型」へ路線変更したリーダーも意外に多いのではないでしょうか?

 しかし、「回避型」ではチームを制御しきれなくなって、やむなく「教示型」へと回帰する。私自身がそうでしたが、このように両者の間を“振り子”のように行ったり来たりする上司が多いのではないかと思います。

 このように書くと、なかには、「私は“回避”なんてしません。リーダーはポジション・パワーがあるのだからそんなことをしなくても、自分の意見を通せばいいじゃないですか」と反論する人もいるかもしれません。

人間の「悩み」の85%は、
人間関係の「悩み」である

 しかし、本当にそうでしょうか?
 それは、本当にあなたの「本心」でしょうか?
 リーダーといえども一人の人間です。部下の「顔色」が気になってしまうのは当然のことではないかと、私には思えてなりません。

 近年、多くの職場で「回避型」リーダーが増えているような気がしますが、その理由として、「指示命令型トップダウンは古い」という意見が時代の趨勢であることが挙げられると思います。
 しかし、その背景には、「人間はそもそも、周囲との人間関係を致命的に優先する存在である」という「人間の本性」があるのではないでしょうか。

 米国の著名なコンサルタントであるブライアン・トレーシーの調査によれば、「人間の悩みの85%は人間関係の悩みである」とのことです。

 また、アルフレッド・アドラーは、「あらゆる課題は、すべて対人関係の課題である」と言っています。

指示・命令は上司の責務であり、それを回避してはならない」という“建前”をおっしゃる方も、その“建前”の裏側には、「部下たちとの関係性を良好に保ちたい」という本音が隠れているのが普通だと思うのです。

すべての人間がもっている
「居場所をつくりたい」という究極目的

 私が15年弱学び続けているアドラー心理学では、人の行動は「過去の原因」により決定されるという「原因論」よりも、「未来の目的・目標」により引き起こされるという「目的論」を重視しています。

 つまり、私たちが「教示型」から「回避型」へと移行するのは、部下が「反発」したり、「無気力」になったという「過去の原因」のせいではなく、「人類、世界という共同体に所属し安らげる居場所をつくりたい」という究極目標(未来の目的・目標)により引き起こされているという考え方です。

 アドラー心理学は「原因論」を完全に否定しているわけではありませんが、「目的論」に沿って考えた方が建設的であり、人生はうまくいくと考えています。

 そして、この「人類、世界という共同体に所属し安らげる居場所をつくりたい」という目標は、全人類の「最上位目標」であり、「生きる目的」だと考えるのです。

 実際、僕たちのすべての行動は、「所属と居場所づくり」のためだと言えます。
 僕たちが勉強を頑張り、仕事を頑張るのは、家族や同級生、同僚から認められることで、「所属と居場所づくり」をするためでしょう。

 また、人と喧嘩したり、争ったりするのは、自分が「所属」する共同体や、自分が大切にしている「居場所」を守るためだと言えるでしょう。

 あるいは、時に「怠け者」になったり、自分の「弱さ」をひけらかしたりするのは、そうすることで親や周囲の人たちの「注目」を集めたり、「助け」を引き出すことによって、「所属と居場所づくり」をするためではないでしょうか。

「居場所」がほしいから、上司は悩む

 そして、上司が部下に「教示・アドバイス」をするのは、部下の成長に貢献し、組織をよくすることで、リーダーとしての「居場所」をつくり「所属」を実感するためです。
 あるいは、部下に対する「教示・アドバイス」を「回避」するのもまた、部下との衝突を避け、関係性を改善することで「居場所づくり」をするためだと言えるでしょう。

 このように、アドラー心理学は「私たちの建設的行動や非建設的な行動のすべてが、この究極目標のためであると考えると、人間の力動がよく理解できる」と言います。

 そして、この議論を踏まえれば、リーダーが「教示型」と「回避型」の間を、“振り子”のように行ったり来たりする背景には、「所属と居場所づくり」という目的が存在していることがよくわかるのではないかと思います。

「教示型」も「回避型」も居場所を壊してしまう

 問題はここからです。
「教示型」も「回避型」もともに、「所属と居場所づくり」を目的としているのは事実でしょう。しかし、その目的は果たして本当に達成されるのでしょうか? 私の答えは、「教示型」「回避型」ともに「ノー」です。

 なぜなら、「教示型」は、部下の「問題点」を指摘することによって、部下のマイナス感情を刺激するがゆえに、その人間関係を大きく損ねるからです。部下を「指導」することで、自分と部下の間に存在する上司部下関係に「所属」しようとしたわけですが、その結果として、逆に部下との関係を悪化させ、その「居場所」を壊してしまいました。

 一方、そのように「居場所」をなくしてしまわないために、「教示・アドバイス」を避けるという選択をしたのが「回避型」です。

 そして、部下の「問題点」を指摘することのない「回避型」の場合、部下との関係性は一見したところ良好に見えるかもしれません。つまり、一見、「回避型」リーダーは、上司部下関係における「居場所づくり」ができているように見えるかもしれません。

 しかし、本当にそうでしょうか? 私には、むしろ「居場所」は崩れているようにしか見えません。その理由を、以下に、少し考えてみたいと思います。