どうやって部下とチームを育てればいいのか? 多くのリーダー・管理職が悩んでいます。パワハラのそしりを受けないように、そして、部下の主体性を損ねるリスクを避けるために、一方的に「指示・教示」するスタイルを避ける傾向が強まっています。そして、言葉を選び、トーンに配慮し、そっと「アドバイス」するスタイルを採用する人が増えていますが、それも思ったような効果を得られず悩んでいるのです。そんな管理職の悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏は、「どんなに丁寧なアドバイスも、部下否定にすぎない」と、その原因を指摘。そのうえで、心理学・カウンセリングの知見を踏まえながら、部下の自発的な成長を促すコミュニケーション・スキルを解説したのが、『優れたリーダーはアドバイスしない』(ダイヤモンド社)という書籍です。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、「アドバイス」することなく、部下とチームを成長へと導くマネジメント手法を紹介してまいります。

「自分」すら変えることができないのに、「他人」を変えられるはずがない
上司による部下への「アドバイス」は効果がない。これは、さまざまな分野の偉人・賢人、さらにはことわざなどからも明らかです。西洋のことわざに次のようなものがあります。
馬を水辺に連れて行くことはできるが、
馬に水を飲ませることはできない。
また、「人間性心理学」の巨人の一人であり、「交流分析」の提唱者であるエリック・バーンは有名な言葉を残しています。それは、
過去と他人を変えることはできない。
しかし、未来と自分を変えることはできる。
いずれの言葉も教えてくれるのは、「他人を変えることはできない」という真実です。
考えてもみてください。皆さんは、最愛のパートナーである夫婦や恋人同士で、相手を変えることができたでしょうか? 自分の血を分けた子どもを、思い通りに変えることができているでしょうか? 私たちは、最も距離が近い家族ですら変えることができません。ましてや、赤の他人である部下を変えることなどできるわけがないのです。
さらに言えば、私たちは自分を変えることもできません。あなたは禁煙やダイエット、禁酒に成功しましたか? 夜更かしをやめて、早起きすることに成功しましたか? 禁欲と節度に基づく、理想の毎日を送れていますか?
多くの人が「ノー」と言うでしょう。私たちは、自分を変えることすらできないのです。にもかかわらず、赤の他人の部下を変えようとしている。なんとおこがましいことでしょう。私にはそう思えてなりません。
管理職に求められている深刻な「矛盾」とは?
しかし、企業組織は管理職に対して、「部下を教育して、変えること」を求め、それを義務化します。私はその矛盾を感じざるを得ません。そして、声高に叫びたくなるのです。
「上司だからというだけで、部下を教育し、変えることは不可能です。もしそれができる人がいるならば教えてください。そんなこと、誰にもできるわけはないのです」
しかし、古今東西の企業組織には、多くの優れた人材を育ててきた「人材育成の名手」が数多く存在してきたのも事実です。彼らは、部下を変えることに成功したのではないか? そのような「問い」を立てることは、もちろん可能でしょう。しかし、私は「違う」と思うのです。
なぜなら、人は他者に変えられそうになると、「反発」したり、「無気力」になったりするからです。むしろ、「人材育成の名手」は、「人が人を変えることはできない」という真実を知り抜いていたのではないかと、僕は思うのです。
人が人を変えることはできません。しかし、人が変わることは可能です。それは唯一、「自分から変わりたい」と思ったときです。
そして、そのときに、上司はそのお手伝いをすることは可能です。それこそが、「人材育成」なのです。
また、部下が「自分から変わりたい。もっと成長したい」と思うようなきっかけを与えることもできるでしょう。それも、「人材育成」の一つです。つまり、「人材育成」とは、人が人を直接的に変えることではなく、本人が「変わりたい。成長したい」というきっかけを与え、それをサポートする間接的なかかわりのことを指すのです。決して、「直接的なかかわり」ではないのです。
「間接的なかかわり」こそが、「人材育成」の本質である
これを、わかりやすく説明している理論があります。社会心理学者であるクルト・レヴィンによる「場の理論」です。