どうやって部下とチームを育てればいいのか? 多くのリーダー・管理職が悩んでいます。パワハラのそしりを受けないように、そして、部下の主体性を損ねるリスクを避けるために、一方的に「指示・教示」するスタイルを避ける傾向が強まっています。そして、言葉を選び、トーンに配慮し、そっと「アドバイス」するスタイルを採用する人が増えていますが、それも思ったような効果を得られず悩んでいるのです。そんな管理職の悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏は、「どんなに丁寧なアドバイスも、部下否定にすぎない」と、その原因を指摘。そのうえで、心理学・カウンセリングの知見を踏まえながら、部下の自発的な成長を促すコミュニケーション・スキルを解説したのが、『優れたリーダーはアドバイスしない』(ダイヤモンド社)という書籍です。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、「アドバイス」することなく、部下とチームを成長へと導くマネジメント手法を紹介してまいります。

「上司の利益」と「部下の利益」は相反する
アドバイスの99%は逆効果である――。
私はそう考えています。なぜか? ここでは、社会学的観点におけるアドバイスの問題点を論じます。
取り上げるのは、「プリンシパル・エージェント理論」という、ハーバード大学教授のマイケル・ジェンセンやウィリアム・メックリングらが発展させてきた経済学の理論です。この理論は経済学のみならず社会学、法学、政治学、経営学など、さまざまな分野にまたがる学際的な研究であり、現在も各分野の研究者により発展しています。
プリンシパルとは委託者つまり仕事を発注する人のことであり、エージェントとは受託者のことです。具体的には委託者が株主、受託者が経営者とも言えますし、本稿に置き換えれば、委託者は上司、受託者を部下として読み解くこともできます。ここでは、後者をもとに論を展開していきたいと思います。
同理論によれば、「上司と部下の間には利益相反が生じ、部下は上司が求める成果よりも、個人の利益を優先しがちである」ということになります。
そして、そのような事態を避けるために、プリンシパル(上司)がどのようなインセンティブ(誘因)をエージェント(部下)に与えればよいかを考察したのが、「プリンシパル・エージェント理論」なのです。
「部下を監視モニタリングする」という手法
これに違和感を覚える人もいるかもしれません。
なぜなら、企業経営において、本質的に上司の利益と部下の利益は相反しないはずだからです。部下が成果を上げ、会社の利益に貢献することで、部下も上司も評価され、報酬があがり、キャリアアップができる。ここに利益相反は存在しないように見えます。
しかし、現実にはそうでないケースも多々あるのです。
たとえば、部下にとっては成果を上げるために膨大な苦労をするよりも、手を抜きながら現状維持の給料をもらう方が利益になるかもしれません。
たとえば、成果を上げるためには上司に詳細な報告をすべきですが、それにより上司から叱られたり、細かく詰められたりといった不快な思いをするよりは、情報を隠蔽した方が部下の利益になるケースもあるでしょう。
たとえば、上司の要望が、部下の目指すキャリアや信念価値観に反すると思えば、その要望を実現することは部下の利益に反するかもしれません。
では、どのようにすれば利益相反が解消し、同じ一つの目的に向かって努力してもらえるようになるのでしょうか?
同理論は、そのために必要な対策を、次のように提示してくれています。
・上司と部下が「信頼関係」を高める
・上司と部下の目標を一致させるように「目標設定プロセス」を改善する
・成果を上げることで部下に利益を提供する、ストックオプションや業績ボーナスなどの「インセンティブ・システム」を運用する
・上司と部下の目線を統一するために「経営情報」を公開する
・部下がすべき業務を明確に定義し、契約を結ぶ
・部下の行動を監視モニタリングしフィードバックする
「顔」が見える関係だからこそ、
「過剰反応」が生まれる
なかでも、最後の「監視モニタリング」は効果的ですが、要注意です。
というのは、やり方を一歩間違えれば、毒にも薬にもなり得るからです。
監視に関する「プリンシパル・エージェント理論」の発展的研究の一つに、チューリッヒ大学による「監視モニタリングは労働努力を高めるか」というものと、それをもとにしたオランダで行われた追跡調査があります。それによれば、監視する者とされる者の物理的、心理的距離が近いか遠いかで成果が大きく異なるというのです。
ある企業において、親会社の本部が子会社の組織を監視した場合には、労働努力の増加が顕著に認められましたが、子会社のCEO個人が、管理職個人を一人ひとり監視した場合には、労働努力が明らかに減退したのです。
そこから考察されたのは、親会社と子会社というような、客観的かつ距離が遠い関係における監視は効果があるが、CEOと管理職というような、顔が見える人間関係における監視は逆効果に働くというものです。おそらくそこには、心理的な「疑念」や「警戒」、さらには「反発」が生まれ、影響したであろうことは想像に難くありません。