分子古生物学者である著者が、身近な話題も盛り込んだ講義スタイルで、生物学の最新の知見を親切に、ユーモアたっぷりに、ロマンティックに語るロングセラー『若い読者に贈る美しい生物学講義』。養老孟司氏「面白くてためになる。生物学に興味がある人はまず本書を読んだほうがいいと思います。」、竹内薫氏「めっちゃ面白い! こんな本を高校生の頃に読みたかった!!」、山口周氏「変化の時代、“生き残りの秘訣”は生物から学びましょう。」、佐藤優氏「人間について深く知るための必読書。」、ヤンデル先生(@Dr_yandel)「『若い読者に贈る美しい生物学講義』は読む前と読んだあとでぜんぜん印象が違う。印象は「子ども電話相談室が好きな大人が読む本」。科学の子から大人になった人向け! 相談員がどんどん突っ走っていく感じがほほえましい。『こわいもの知らずの病理学講義』が好きな人にもおすすめ。」、長谷川眞理子氏「高校までの生物の授業がつまらなかった大人たちも、今、つまらないと思っている生徒たちも、本書を読めば生命の美しさに感動し、もっと知りたいと思うと、私は確信する。」(朝日新聞書評)と各氏から評価されている。今回は書き下ろし原稿を特別にお届けする。

【感動する講義】私たちは一人で生きているわけではない。ヒトは、私たち自身の遺伝子と腸内細菌の遺伝子から成り立つ超有機体なのであるPhoto: Adobe Stock

クモの巣と自然淘汰

 チャールズ・ダーウィンの『種の起源』が出版された1859年以来、生物は自然淘汰というメカニズムによって進化してきたことが広く知られるようになった。キリンの長い首やハヤブサの翼など、目を見張るような生物のすばらしい形質は、すべて自然淘汰によって作り出されたものである。

 しかし、自然淘汰が作ったものは、生物の体だけではない。生物の体の外側にあるものも作ることができる。たとえば、クモの巣だ。クモの巣には、立体的な網や、扉のついた地中の巣穴など、いろいろなタイプの巣があるが、もっともよく目にするのは、円網(えんもう)と呼ばれる放射状の糸にらせん状の糸が張られた巣であろう。

 これらの巣は、獲物を捕らえる罠や棲み家として使われているが、最初から現在のように、みごとな巣だったわけではない。おそらく最初は単純で、罠としてもあまり役に立たなかっただろう。それを、罠としても棲み家としても優れたものに作り上げたのは自然淘汰の力である。自然淘汰の作用は、生物の体を超えて、その外側まで広がっているのだ。

人体には40兆の細胞が棲んでいる

 そして、そのような体を超えた自然淘汰の力は、私たち人間にも確実に働いている。その一つの例が、私たちの体の中に棲んでいる腸内細菌である。

 私たちヒトの腸の中には、非常に多くの細菌が生息している。私たちの体はおよそ40兆個の細胞でできているが、その数とほぼ同じくらいの細菌が、私たちの腸の中に棲んでいる。ちなみに、過去50年間にわたって、腸内細菌の数は私たちの体の細胞数の10倍以上に達すると推測されてきたのだが、さすがにその推測は多過ぎたようだ。とはいえ、体の細胞と同じくらいだとしても、たいへんな数であることに変わりはない。

 私たちは、これらの腸内細菌に、暖かくて住みやすい環境と十分な食物を提供する。その見返りとして、腸内細菌は、私たちの消化を助けたり、病原体から私たちを守ったりしてくれる。

 たとえば、私たちは、植物に含まれるセルロースを消化できないので、腸内細菌の力を借りて消化している。私たちが自分で作れる消化酵素は約20種類に過ぎないが、腸内細菌は1万種類ほどの消化酵素を作れるので、腸内細菌の力を借りないと消化できないものが、たくさんあるのである。

腸内細菌はどのように増えるのか

 また、腸内細菌は、私たちの腸の内表面を棲み家として占拠している。じつはこれが、感染に対する有効な防御となっている。なぜなら、病原体も棲み家がなければ生きていけないからだ。

 ただし、人によって、腸内に生息している細菌の種類はかなり異なるらしい。私たちが母親の子宮の中にいるときは、まだ腸の中に腸内細菌はいなかった。その後、生まれるときに産道を通ったり、生まれたあとで家族や友人と交流したりする過程で、腸内細菌が増えていく。そのため、人によって腸内細菌を構成している種はいろいろだが、不思議なことに、腸内細菌が持っている遺伝子の機能を見ると、どの人もだいたい同じらしい。

 つまり、人によって腸内細菌の「種の組み合わせ」は違っていても、「遺伝子の機能の組み合わせ」は同じということだ。このように、全体としての「遺伝子の機能」が同じになっているということは、「遺伝子の機能」に対して自然淘汰が働いていることを示している。

クモには巣が必要なように…

 結局、私たちが腸の中に腸内細菌を棲ませている理由は、「腸内細菌の遺伝子が必要だから」なのだろう。私たちヒトは、遺伝子を約2万個しか持っていないが、腸内細菌の遺伝子は数百万個から一千万個以上に達する。クモが生きていくためには巣が必要なように、私たちが生きていくためには腸内細菌の遺伝子が必要なのだ。

 私たちは一人で生きているわけではない。私たちヒトは、私たち自身の遺伝子と腸内細菌の遺伝子から成り立つ超有機体なのである。

(本原稿は『若い読者に贈る美しい生物学講義』の著者更科功氏による書き下ろし連載です。※隔月掲載予定)