鏡花賞はもらえないの?
それなら選考委員やめようかな
やがて私も直木賞をもらって、一応プロの物書きとしてデビューしたあと、瀬戸内さんと対談の依頼がきた。私は喜んでその場に出たのだが、仕事の対談が終ったあとも、話がつきずに、銀座の東急ホテルのカフェで自前のおしゃべりを続けることになった。
「わたしね、いま沢田研二の追いかけやってるの」
と、そのとき彼女が目をキラキラさせて言っていたことを思いだす。もう50年以上も昔の話である。
そんな瀬戸内さんに泉鏡花(編集部注/1873~1939年。幻想文学の先駆者。代表作は『高野聖』『夜行巡査』『外科室』)文学賞の選考委員を依頼したのは、かつて同じ業界誌に文章を書いていた戦友意識からだった。瀬戸内さんは、その仕事を快く引受けてくれて、15年にわたって泉鏡花文学賞を支えてくれたのだ。
ある年、私に瀬戸内さんは突然、真顔でこんなことを言った。
「五木さん、選考委員は鏡花賞はもらえないの?」
それは駄目です、と私は即座に答えた。すると、瀬戸内さんがつぶやいたのが、冒頭にかかげた言葉である。その時の思いつめたような表情を、いまもくり返し思い出す。
文学というものを全身で愛していた人だった。合掌。
徳島県生まれ。東京女子大学卒。1973年、平泉中尊寺で得度。法名寂聴(旧名晴美)。著書に『比叡』『かの子撩乱』『美は乱調にあり』『青鞜』『源氏物語』『秘花』『爛』『わかれ』『いのち』など。2001年より『瀬戸内寂聴全集』第1期(全20巻)、2022年、同全集第2期(全5巻)刊行。
半村良が戸惑った
泉鏡花賞受賞の知らせ
半村良さんは私と同時代に活躍した人気作家だった。『産霊山秘録』という伝奇小説には、彼の才能があふれるほどにつまっていて、いま再読しても途中でやめることができない魅力がある。
半村さんは多くの文学賞を受けているが、その中の1つに「泉鏡花文学賞」というのがある。
泉鏡花文学賞は、出版社や新聞社が主催している賞とちがって、金沢市主催の文学賞である。
私もその創設にかかわった一人だが、2023年に51回をむかえた。
泉鏡花という作家の魅力のせいか、地方の文学賞でありながら、「鏡花賞がほしい」と口にする作家も少くない。これまでの受賞者を眺めても異色の文学賞といっていいだろう。
半村良さんは、その鏡花賞の第1回目の受賞者である。
選考会で半村さんに授賞が決まって、ご本人に電話で連絡する。主催者側の担当者が電話をすると、ご本人が「ハイ、半村良です」と、すぐに応じられた。