「あの、実はこのたび半村さんに鏡花賞が決定いたしまして――」
と、なにしろ第1回目なので、担当者もしどろもどろの応対である。
「えっ?キョウカショ?」
「はい。半村さんの作品に決まったのですが、ご本人に受けるご意志がおありかどうか確認しなければと思いまして、お電話を――」
なぜ自分の伝奇小説が?
聞き間違いで不思議に思う
どうやら半村さんは鏡花賞のことをご存知なかったらしい。それも当然である。なにしろ第1回目の催しなのだ。
「それで、いかがなものでしょうか」
と、市の文化課の若い担当者は、現役の作家と直接に話をするのははじめてなので、すっかりあがってしまっている。
「それは、まぁ、嬉しいことですから――」
と、半村さん。
「一応、お受けしましょう」
「あ、ありがとうございます」
もしも断られたらどうしよう、とハラハラして聞いていた主催者側の人たちも、ほっと胸をなでおろした様子。
後で、ご本人から聞いたのだが、若い担当者がすっかりあがってしまって早口で対応するものだから、半村さんのほうでも何が何だかよくわからなかったらしい。なにしろ泉鏡花文学賞などという賞は、まったく世間に知られていなかったからである。
「ぼくはすっかり教科書に自分の作品がのるという話かと思ってました。ぼくみたいな伝奇小説が教科書にのるなんてめずらしい話だと思ったんですが」
鏡花賞と教科書の聞きまちがいだったのだ。
「喜んでお受けする、とのことでした」
と、担当の若い人は、うれしそうに報告したが、とにもかくにもそんな感じでスタートした文学賞が51回目を迎えたのはめでたいことではある。
東京都生まれ。両国高校卒。工員、バーテンダーなどの職を経て、1962年、「収穫」でハヤカワ・SFコンテスト入選。1971年発表の『石の血脈』で注目され、1973年、『産霊山秘録』で第1回泉鏡花文学賞を受賞。1975年、『雨やどり』で直木賞受賞。ほか『不可触領域』『どぶどろ』『岬一郎の抵抗』『かかし長屋』『すべて辛抱』など著書多数。
