1度はそのまま着てみたが、B系ファッションに目覚めた少年みたいな身なりになってしまい、外に出たらカツアゲにあうリスクを感じたので、以降は着なくなっていった。
見かねた母親が
「偽APE」をサイズ直し
ある日、見かねた母親が「アレぜんぜん着てないじゃない。もったいないからお母さん、なんとかしてみようかねぇ」と言い、ホコリのかぶったミシンを引っ張り出してきて、作業を始めた。
「修学旅行でだまされる」という社会経験をお土産に帰ってきた息子をよほど不憫に思ったのか、母親はしばらくミシンに熱中していたが、当の本人である僕は、もう過ぎた話だと消化していたため、母親にもミシンにもたいした興味をもたなかった。ナメた息子である。
翌日、見事に僕ぴったりのサイズに直った「偽APE」のスウェットが、母親から手わたされた。あまりにもジャストサイズでびっくり。「ふだん着てる服からなんとなく直しただよ」と言って、日常生活に戻っていく母親が誇らしかった。
自分にとってかけがえのない洋服に生まれ変わった偽APE。「偽」だろうがなんだろうが、その後は頻繁に着るようになった。
先日、実家に帰ったとき、あのミシンはまだあるのか母親に聞いてみた。
「もう古くなったし、場所もとるから……」と、処分してしまったらしい。

もともと嫁入り道具として買ってもらったもので、僕が幼稚園に通う前は、そのミシンを使って洋服のお直しの内職をしていたとも言っていた。初耳だった。そうか「塚本ミシン」は僕で2代目だったのか。
僕は今、喫茶店でこの文章を書きながら、先輩に頼まれた洋服のお直しの受けわたし時刻を待っている。やっていることが母親とほぼ一緒である。
せっかくだからと、実家にいたタイミングで偽APEを持ち帰ろうと思ったが、それはどこにも見当たらなかった。きっと母親が役目を終えたと思って、処分してしまったのだろう。