世間では「働き方改革」とかいわれているけれど、ぼくの会社は「昭和」から抜け出せていない。
早出、休出、深夜残業、サービス残業。そしてパワハラ、セクハラ、カスハラ。
どこにでもいる平凡な会社員の日常を描いた、5分で読める気軽なショートストーリーです。
通勤中や休憩時間に読んで、クスっと笑ったり、ホロっと涙ぐんだりしてください。
(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です。

時間に甘えるな
20代で地方に左遷されたぼくはアラサーで仕事に目覚めた。
働けば働くほど成果が出る。
(もっと働きたい)
そんなとき。部長から呼び出された。
「海外赴任する可能性がある。英語を勉強しておけ」
まさかの話に心が躍る。
ただ…気になることがあった。
「どれくらい勉強すればいいですか?」
ぼくのTOEICスコアは400点だった。日常会話も怪しいレベルだ。
「600点を取れ」
高いハードルが突きつけられる。
ぼくは部長に切り出した。
「朝早く会社に来て英語を自習していいですか?」
「ほどほどにな。仕事はするなよ」
かくしてOKをもらったぼくは翌週から朝5時に出社を始めた。
「おはようございます!」
「兄ちゃん。いつも早いね!」
守衛さんとあいさつを交わして誰もいないオフィスの扉を開ける。
(ふんふ~ん)
出社したぼくは鼻歌まじりにコーヒーを入れて、ちょびっと新聞を読んでから7時まで英語の自習をこなした。
仕事が忙しいから夜は疲れて脳が回らない。
朝が一番はかどった。
会社の勤怠システムにはこう書いていた。
“自習・2時間”
そんなぼくの頭上に…特大のかみなり雲が迫っていた。
ある日、職場で。
「ちょっといい?」
リーダーのTさんから呼び出される。
「人事から問い合わせがきたの。出勤履歴がおかしいって」
Tさんが指さしたパソコンの画面をのぞき込むと…
「ほら。2回も出勤しているのよ」
(8月26日 記録)
8月26日 5:07 入場
8月26日 21:10 退場
8月27日 4:57 入場(2回目)
「この4時57分は…翌朝の出勤ですね」
その日は特に調子がよくて…
5時前にはオフィスに着いた気がする。
Tさんはため息をついた。
「1日の勤怠は朝の5時で次の日に切り替わるの。4時57分は…まだ26日なのよ」
「そ、そうなんですか?」
「人事は大騒ぎになってるわよ」
「…そんな」
そして次の日。部長に呼び出された。
「お前には常識が無いのか! まともな時間に出勤しろ!」
噴火寸前だ。ぼくは即座に謝った。
「すいませんでした…次から5時より前には会社にきません」
「違う! お前はバカか!」
対応を間違えたらしい。部長が噴火した。
「朝、自習したいと相談しましたが…」
ぼくはささやかな抵抗を試みた。
「“ほどほど”に、と言っただろう。5時過ぎは“ほどほど”じゃない!」
「…7時までは働いていません。英語の自習をするだけです」
「誰がそんな言い分を信じる! “どんな管理をしてるんですか!”って人事からさんざん絞られたんだぞ!」
「すいませんでした…」
「…始末書がないだけ感謝しろ。7時より早い出社は許さん」
「そんな…せめて5時半に」
「ダメだ!」
最終的には“ゼッタイに7時まで仕事をしない”と約束をして6時半の出社にはOKが出た。
でも…内心はこう思っていた。
(誰にも迷惑をかけてないのに... )
胸にかすかなしこりが残る。
しかしふと20代の前半で先輩から言われた一言が脳裏をよぎった。
時間に甘えるな
過ぎ去った時は戻ってこない。
アラフォーで転職した今になってこの言葉を噛み締めている。
限られた時間で成果を出す。
大変だけどこだわっていこう。
何よりも自分のために。
とはいえ。
朝の自習を続けたぼくは何とかTOEIC600点を達成した。
そして海外に行って衝撃を受ける。
(まったく聞き取れないぞ…)
みんなが何を言っているのか分からない。
赴任して半年の間、手も足も出ず大苦戦した。
(頭でっかちじゃダメなんだ…)
赴任してからも朝から勉強に追われるハメになった。
実家に帰ったとき。
オカンに「勉強ばっかりで大変だよ…」と愚痴ると…スパンと打ち返された。
「あんた、学生時代より勉強してるな」
スイマセン
(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です。