世間では「働き方改革」とかいわれているけれど、ぼくの会社は「昭和」から抜け出せていない。
早出、休出、深夜残業、サービス残業。そしてパワハラ、セクハラ、カスハラ。
どこにでもいる平凡な会社員の日常を描いた、5分で読める気軽なショートストーリーです。
通勤中や休憩時間に読んで、クスっと笑ったり、ホロっと涙ぐんだりしてください。
(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です)

あなたの苦労を誰かが見ている
入社して5年目。
担当するお客さまが業績不振におちいった。
海外メーカーに押されてズルズルと売上を落とす。
日々の仕事もガラリと変わった。
「新商品がほしい」
「注文を増やすから」
前向きな話がドンドン減って、
「値下げをしてくれ」
「支払いを遅くしたい」
後ろ向きな依頼ばかり増えてゆく。
“お世話になったお客さまだ”
売上が右肩下がりでも毎晩遅くまで対応を続けた。
それでも状況は悪くなるばかり。
(自分がいる意味はあるのかな…)
モチベーションはダダ下がり。
働くのがツラくなった。
そんなとき。職場の飲み会が開かれた。
役員のOさんから担当まで50人が参加する。
ぼくがすみっこでビールをちびちび飲んでいると…
上司からこづかれた。
「おまえ、Oさんにあいさつしてこい」
(マジかよ…)
最近は何も成果を出せていない。
自分のことなど…覚えてはいないだろう。
(面倒だな…)
それでも上司の圧に押されてしぶしぶ瓶ビールを片手にOさんの前に行く。
「おお! ありがとう。最近どうだ?」
きさくなOさんは社交辞令を返してきた。
でも目新しいネタもない。
ぼくはヨワヨワと返事をする。
「最近はいいところが無くて…申し訳ありません」
するとOさんはスッと居住まいを正してぼくの顔を見据えた。
「知ってますよ」
「え?」
「苦労していると聞いています」
まさかの一言に意表を突かれる。
(どうして…)
その表情にウソはなかった。
「今のお客さんの状況では厳しいでしょうね」
「…私の力不足です」
同期は業績をガンガン伸ばしている。
何をいっても言い訳になる気がした。
でもOさんの声音は変わらない。
「周りを気にする必要はないですよ」
「でも…」
「真面目にやっていると聞いています。それでいいんです」
Oさんはスッと言葉を継いだ。
「うまくいかないときに諦めないでほしい。かならず誰かが見ています」
涙がこぼれそうになった。
いや、一滴くらいはこぼれたかもしれない。
(…もう少しがんばってみよう)
心の中でソッとつぶやく。
1年後。ぼくは地方に左遷されてアラサーから下積みを再開した。
(チクショウ…)
歯を食いしばることも多かったけれど…
ふてくされて時間をムダにしない。
これだけは心がけた。
誰かが見ているかもしれない
今できることを精一杯やろう
死にもの狂いで働いたぼくは5年後に海外赴任の切符をつかむ。
「かならず誰かが見ています」
この一言が心に火を灯してくれた。
うまくいかないときこそ前を向こうと今も胸に刻んでいる。
飲み会の3ヵ月後。
会社のゴルフコンペでOさんと一緒にラウンドをした。
Oさんは「くそう…」とミスを悔しがり、
「君のスコアは?」としきりに他人を気にしていた。
営業の頂点を極めたOさんもゴルフのセンスは無かったらしい。
「周りを気にする必要はない」
「ちゃんと見てますよ」
周りを気にするOさんをぼくはしっかり横目で見ていた。
ちょっとエモかった。
(この記事は、『ぼくは今日も定時で帰る。仕事に疲れたあなたを癒す44の物語』まひろ(ダイヤモンド社)からの抜粋です)