この社会的背景にデジタル技術の普及が加わることで、事態はさらに深化する。デジタル世界は本質的に「明示的なルール」で構成されており、明文化されたコードのみが有効な命令である。このパラダイムに親しんだ世代、特にITに関わる人々の間では、いわゆるシリコンバレー症候群的に、明文化されていない暗黙の社会規範への感度が相対的に低下している可能性がないとは言えない。

「明示的に禁止されていなければ許容される」というデジタル思考が、社会規範の解釈にも影響を与えている……という可能性はないだろうか。電車内での通話や化粧が「禁止」の明示がない限り徐々に広がってしまってマナー問題となったように、もしかしてハナホジもまた「明確な禁止表示がない」ために出現しているのかもしれない。

風呂キャンセル界隈へのリアクションも変化してきた

 また、いわゆる神経多様性の観点からは、従来の“暗黙の社会規範”を直感的に理解するのが難しい人々が、デジタル社会の発展とともに社会の広範な領域で活躍するようになったことも、エチケットなるものを書き換えているように思う。彼らが必ずしも従来の社会的暗黙知に基づかない新しい「成功者の姿」や自由な価値観、規範を提示し、それが社会に徐々に浸透している側面もある。

 例えば昨今話題となった「風呂キャンセル界隈」に見られる個人の衛生観念の揺らぎは、かつてなら単純に「不潔」あるいは鬱やアスペルガーの可能性を炙り出す特徴の一つだったが、令和では「それもありだよね」「無理しなくていいんだよ」という文脈で許容されるのを見て、時代の変化を感じた。

 匿名化とデジタル思考化が複合的に作用した結果、公共空間における私的行為やエチケットの境界線が曖昧になり、かつての日本では強いタブーとされていた“ハナホジ”のような行為が可視化されるようになっているのだ。