昨年から新NISAがスタートした。だが、投資には「不確定要素」がつきものだ。どうすれば不運な目に遭わずに投資で成功できるのか?
今、全国の書店で話題となっているのが、「読むと人生が変わる」「『金持ち父さん 貧乏父さん』以来の衝撃の書!」と絶賛されている全世界40万部のベストセラー『JUST KEEP BUYING 自動的に富が増え続ける「お金」と「時間」の法則』(ニック・マジューリ著)だ。今回から『ストーリーとしての競争戦略』の楠木建氏(一橋大学特任教授)が登場。本書をもとに日本人が知らない「貯金」と「投資」のツボを語る第1弾をお届けする。(構成/ダイヤモンド社・寺田庸二)

当たり前すぎるのにベテラン投資家も初心者もドハマりしている「たった3語の呪文」とは?Photo: Adobe Stock

戦略でもテクニックでもない
シンプルな投資哲学

本書の議論の対象は、投資の戦略でもテクニックでもない。
投資哲学――いついかなる状況でも、自分の拠り所となるシンプルな基準――だ。

「哲学」である以上、それはただ一つのものでなければならない。
時計を二つも三つもはめていると、正確な時間がわからなくなる。
それと同じで、二つ以上あればそれはもはや哲学ではない。

著者が主張する投資哲学は「JUST(ジャスト)KEEP(キープ)BUYING(バイイング)」(ただ買い続けろ)の3語に尽きる。

これは哲学の条件を確かに満たしている。これ以上ないほどシンプルかつただ一つの基準だ。

「何に投資をすればいいのか」「この株は今買うべきか、それとももう少し待つべきか」――多くの投資家は意味のない不安に苛まれていると著者は言う。

企業価値評価の高低、強気市場か弱気市場か、いつ買うかではない。家賃や住宅ローンを払うのと同じように投資を習慣にし、食料品を買うように頻繁に金融資産を買う。これこそが投資の鍵であると著者は言い切る。

本書の「最大の美点」とは?

「資金の15%は債券で持つべきか、それとも20%か」といった資産配分の問題に悩む必要もない。
将来にわたって収益を生み出せる資産を継続的に購入することが一義的に大切なのであって、投資対象についての細かな戦略は二の次だ。

「どんな金融資産を、いつ、いくらで買うべきか」ではなく「ただひたすら買い続ける」のが大切になる。

本書が説く「ジャスト・キープ・バイイング」には特段の新しさはない。
長期にわたって金融資産を定期的に購入しろというドルコスト平均法と実質的には同じだ。

ただし、である。
世の人々は昔からずっと投資という行為を続けてきた。そんな投資について、誰も知らない秘密の花園などありようもない。大切なことほど、言われてみれば当たり前のことばかり。

しかし、言われてみるまで多くの人がつい見過ごしてしまう。そうした当たり前のことを一貫した哲学として示したところに本書の最大の美点がある。

「貯金」が先、「投資」は後

本書が「貯金」と「投資」の二部構成になっているのもわけがある。
低コスト・長期・分散――ウォーレン・バフェットやジャック・ボーグルといった投資界のレジェンドが繰り返し強調してきた投資の王道にして原理原則だ。

スタンフォード大学で経済学を学んだ著者はもちろんこうした知識を持っていた。しかもこのアドバイスに忠実に投資を実行しようとした。

しかし、大学を卒業したばかりの著者の投資用口座に入っていたのはたったの1000ドル。当時の著者は経済的な優先順位を完全に見誤っていた。

何を重視すべきかは、その人のその時点での経済状況に大きく依存する。
投資は投資をするお金がある相対的に豊かな人のためのものだ。

投資をするお金がない人は、投資以前に貯金を増やすことに集中すべき――言われてみれば当たり前の話だ。

しかし、世にある凡百のパーソナルファイナンスの指南書は、読者が「貯金か投資か問題」のどの位置にいるかと無関係に、細かな投資戦略や運用テクニックの話に終始する。

有用でないばかりでなく、読者に余計な不安を与える。景気状況にかかわらず、アメリカ人の最大のストレス要因は一貫してお金の問題であるという。

個人の貯蓄率を最も左右するのは所得水準だ。これもまた言われてみれば当たり前なのだが、「収入の2割を貯金すべし」といったアドバイスは見当違いも甚だしい。所得の違いが考慮されていないからだ。

収入の2割を貯金するというルールに拘泥してしまうと、状況によっては極端に切り詰めた惨めな生活になってしまう。

著者の考える貯金に関する最良のアドバイスは「できる範囲で貯金する」。これに尽きる。あまりに当たり前で、元も子もない話に聞こえる。

しかし、データサイエンティストである著者は、その統計的な根拠をたっぷりと示してくれる。
ありとあらゆるファクトを集め、それをシンプルかつただ一つの投資哲学に昇華する。
そこに本書の醍醐味がある。

(本稿は、『JUST KEEP BUYING 自動的に富が増え続ける「お金」と「時間」の法則』に関する書き下ろし特別投稿です)

【執筆者】楠木建(くすのき・けん)
経営学者。一橋大学特任教授(PDS寄付講座・競争戦略およびシグマクシス寄付講座・仕事論)
専攻は競争戦略。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022年、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年、日経BP、杉浦泰氏との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年、東洋経済新報社)などがある。