どうやって部下とチームを育てればいいのか? 多くのリーダー・管理職が悩んでいます。パワハラのそしりを受けないように、そして、部下の主体性を損ねるリスクを避けるために、一方的に「指示・教示」するスタイルを避ける傾向が強まっています。そして、言葉を選び、トーンに配慮し、そっと「アドバイス」するスタイルを採用する人が増えていますが、それも思ったような効果を得られず悩んでいるのです。そんな管理職の悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏は、「どんなに丁寧なアドバイスも、部下否定にすぎない」と、その原因を指摘。そのうえで、心理学・カウンセリングの知見を踏まえながら、部下の自発的な成長を促すコミュニケーション・スキルを解説したのが、『優れたリーダーはアドバイスしない』(ダイヤモンド社)という書籍です。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、「アドバイス」することなく、部下とチームを成長へと導くマネジメント手法を紹介してまいります。

「ユニークな質問」で、
いつもとは違う「発想」を刺激する
「もしもあなたが今、タイムマシンに乗れるとしたら……?」
対話において、私は、ときどきこうした質問をするのですが、当然のことながら、驚かれることが多いです。
しかし、カウンセリングやコーチングでは、このようなクリエイティブな質問がよく用いられます。相手の固定観念を外して、思考を柔らかくしてもらうのに非常に有効だからです。
たとえば、こんな感じです。
「予算やスケジュールなど一切制限がなかったら、あなたはどうしたいですか?」
「もしも、相手があなたの言うことを素直に聞いてくれるとしたら、あなたは相手に何と言いたいですか?」
「もしも、あなた坂本龍馬だったとしたら、まずは何から始めますか?」
いかがですか? このようなユニークな質問をされたら、いつもとは違う「発想」が湧いてきそうではないでしょうか。
「タイムマシン・クエスチョン」で、
クリエイティブな思考を生み出す
これは、クリエイティブな質問の代表例の一つである、「解決志向ブリーフセラピー」(注1)などで用いられる「タイムマシン・クエスチョン」です。
「もしも、あなたが今、ここでタイムマシンに乗れるとしたら……。どの場面に戻って、何をどのようにやり直しますか?」
この奇想天外な質問には、さまざまな仕掛けが施されています。
順を追って解説していきましょう。
まず、この質問はコミカルで、ユーモアを感じさせます。
人間の脳は、緊張しているとパフォーマンスが下がりますし、「ネガティブ感情」に支配されているときには「理性」が止まってしまいます。そのような状態では、クリエイティブな思考はできません。
そこで必要なのがユーモアです。
アドラーもカウンセリングの際には、ユーモアを多用したそうですが、それは、ユーモアに触れて「笑い」が生まれれば、ふっと緊張がとけて、思考が活性化するからだと思います。
その点、ユーモアあふれる「タイムマシン・クエスチョン」は非常に効果的です。
特に、上司と部下が業務上の振り返りをする場面であっても、「もしも、タイムマシンに乗れるとしたら?」と問いかける上司も笑顔になりますし、問いかけられた部下も「え? タイムマシン? 突然どうしたんですか?」と驚き、思わず笑い出し、一気に緊張がとけるでしょう。こうして、ふたりの対話が、楽しくてクリエイティブなものになるのです。
しかも、「タイムマシン」という非現実的なツールが入ることで、思考をがんじがらめにしている「現実的な制約」や「常識」などの制約が取っ払われます。
「一切の制約を取り払って、自由に発想してください」などといくら言っても、そう簡単に思考が切り替わるものではありませんが、「もしも、タイムマシンに乗れるとしたら?」と問いかけられたら、頭のなかにSFのような世界が映像化されて、現実のしがらみが消えてしまいます。こうして、自由に発想を羽ばたかせることができるようになるのです。
「原因分析」をすっ飛ばして、
いきなり「解決策」を考える
そして、最も重要なのは、「タイムマシン・クエスチョン」には、「問題指摘」と「原因分析」が一切含まれていないということです。
たとえば、上司が部下の取引先でのプレゼンの振り返りをするときに、「プレゼンの準備をやり直すとしたら、どのタイミングに戻って、何をやり直しますか?」と質問したとしましょう。
そこには、「上司の事前チェックを受けなかった」とか、「取引先の担当部長が求めるであろう、エビデンスを示す資料を準備しなかった」といった、「問題指摘」もなければ、「なぜ、事前チェックを求めなかったのか?」という「原因分析」もありません。
それらをすっ飛ばして、いきなり「解決策=ソリューション」を考えることを求める質問になっているのです。
これは、非常に重要なポイントです。
一般に、解決策をつくるためには「問題を特定し、その問題が起きる原因を分析する」というステップを踏むとされていますが、これにはさまざまな弊害があります。
まず第一に、「問題を特定」するためには、部下の「できてないこと」を指摘する必要がありますが、それによって、部下のマイナス感情を刺激することになり、「反発」や「無気力」を生み出すリスクが高まるおそれがあります。
そして第二に、「原因分析」が有効なのは、解決すべき問題が単純なものである場合に限定されるという問題があります。さまざまな要因が複雑に絡み合っているような問題を解決するには、「原因分析」という手法は無力なのです。
上司主導ではなく、
部下主導で「解決策」を考える
それよりも、「問題指摘」と「原因分析」を一切せずに、いきなり「解決策」を考え、「試行錯誤」を重ねることが大切です。
たとえば、歯ぎしりに苦しんでいた患者に対して、「問題指摘」や「原因分析」を一切せずに、「ベッドの位置を変える」という解決策を試したら、一発で歯ぎしりが止まったという実例が存在します。
なぜ、歯ぎしりが止まったのか、その「原因」は誰にもわかりません。でも、問題は解決したのだから、それでいいのです。
このように、実行可能な「解決策」を考え、どんどん試していく。それで、うまくいったならば、“Do More”。うまくいかなかったなら、“Do Something Different”。これが、VUCAな時代にフィットする「問題解決」のスタンスなのです。
(注1)解決志向ブリーフセラピーで用いられるタイムマシン・クエスチョンは過去ではなく未来を体験する目的で使われる場合が多いようです。また「もしも魔法が使えて、すべて解決したとしたら、どのような情景が見えますか?」というミラクル・クエスチョンも多用されます。
(この記事は、『優れたリーダーはアドバイスしない』の一部を抜粋・編集したものです)
企業研修講師、公認心理師
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』や『すごい傾聴』(ともにダイヤモンド社)など著作49冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に公認心理師・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童生徒・保護者などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。