いま、AIを使って仕事を進めることが当たり前になりつつある。しかし一方で、「AIなんて仕事の役には立たない」「使ってみたけど期待外れだった」という声も聞こえる。
「それは使い方の問題。AIの力を引き出すには適切な“聞き方”が必要です」。そう語るのは、グーグル、マイクロソフト、NTTドコモ、富士通、KDDIなどを含む600社以上、のべ2万人以上に研修をしてきた石井力重氏だ。「AIを仕事の効率化に使うだけではもったいない。適切に使えば“頭を使う仕事”にも大いに役立ちます」と言う。そのノウハウをまとめたのが、書籍『AIを使って考えるための全技術』だ。56の技法を全680ページで紹介。実践した人からは「AI回答の質が目に見えて変わった」との声も多く、発売直後から話題に。思考・発想のベストセラー『考具』著者の加藤昌治氏も制作に協力した同書から、AIの便利な使い方を紹介しよう。

AIを使って将来的な「収支計画」を立てる方法
先の見通しが立たない「新しいアイデア」ほど、大きく化けるものです。
反対に言うと、なんとなく予測が立つ程度のアイデアであれば、大きな話題になったり、爆発的に支持されたりするようなことは起こりづらいものです。
つまり良いアイデアであるほどに難しい将来売上の見通しですが、ここにもAIを活用することができます。
そのための方法が、技法その34「売上の計画」です。
これを使えば、一連の収支計画立案作業をAIに代行してもらえます。
こちらが、そのプロンプトです。
〈ビジネスアイデアを記入〉というアイデアを〈自社や自社のビジネス形態の特徴〉の新事業として事業化した際の月次の売上、コスト、人員、利益表を、1か月目から18か月目まで、省略せずに毎月詳細に記載してください。
AIは、あなたのアイデアと類似したビジネスの事例を参照して、近似値として利益率などの結果を弾き出してきます。もちろん概算レベルの計画ですが、その事業の見通しが数字で出力されます。
経理や簿記の知識がなくても、自社の特徴を踏まえた予測が手に入る
ただ単に「このアイデアの売上計画を立てて」とポンとAIに聞いてしまうと、「そのものズバリのデータがないため、参考にできる情報をもとに生成する仮想の売上である」という前提が注記されたり、緻密に回答するのをためらったりもします。
こうしたAIの特性を考慮して、この技法のプロンプトでは、2つめの自由記述部分を設けています。そこに、想定してもらいたい業種・業態や目的を記入します。
「大企業」「スタートアップ・ベンチャービジネス」「既存の中小企業の事業拡大・多角化」「フランチャイズビジネス」「サービス業」「製造業」「オンラインビジネス」「IT関連事業」「NPO」「小規模事業」「個人事業主」など、自社やそのビジネス形態の特徴を入力すれば、既存データを参照して計算してもらえます。
自社がこれまで経験していない事業について、ゼロから収支の見通しを立てる作業はなかなかしんどいもの。ですが、たたき台があると違います。AIの出力を見て「ここは合っている/間違っている」と感じた部分を調整していくことはできるはず。いったんは計18か月での出力を指示していますが、このあたりの設定は状況に応じて変更してください。
「オフィスクリーニングビジネス」の収支予測を考えてみよう
事業アイデアの筋が良いか悪いか、判断に迷った際はこの技法を使って、数字の側面から検討してみるのもおすすめです。AIから出力した、オフィスクリーニング事業のアイデアを題材にしてみます。
〈オフィス家具を扱う商社が、オフィスクリーニング事業することを検討しています。とくに、オフィスクリーニングのうち、ソファや椅子に特化した企画にします。人間が長い時間接するファブリックや革の部分を、取り外して清掃(汚れやヘタリがひどい場合は、交換)できるタイプのオフィス家具のみを納品した顧客に、それとセットで提供するメンテナンスサービスです。とくに長時間勤務するスタッフがソファで眠るなどでソファのヘタリが早いというニーズに対応できます。床は、ロボット掃除機を貸し出し、椅子の清掃メンテ訪問の際に、手入れをします。顧客は、常に気持ちのいい椅子に座れ、クリーニングコストはフルサービスより大幅に軽くする、という事業です。こうすることで、多様な清掃機材や大幅な専門スタッフ増員のコストをかけることなしに、事業をスタートします。〉というアイデアを〈関東に本社がある、オフィス家具を扱う中堅の商社〉の新事業として事業化した際の月次の売上、コスト、人員、利益表を、1か月目から18か月目まで、省略せずに毎月詳細に記載してください。
自社に経験のない事業を構想する場合、その事業が結果としてどのような数字に着地するのかはわかりかねるもの。AIのサポートを借りて予測を立てたいところです。
このようなビジネスモデルに基づく売上、コスト、人員、利益の詳細な予測を行うには、多くの変数と仮定が必要です。以下に、基本的なビジネスモデルを構築し、その上で18か月間の月次予測を提供します。このモデルは、特定の業界知識や市場データに基づくものではなく、一般的な仮定に基づいています。実際のビジネスプラン作成や財務予測を行う際には、より詳細な市場調査や財務分析が必要となります。
基本的なビジネスモデルの仮定
・初期投資:オフィス家具のクリーニングおよびメンテナンス用の設備、ロボット掃除機の購入、マーケティング初期費用。
・売上:ソファや椅子のクリーニングサービス料金、ロボット掃除機のレンタル料、必要に応じた部品交換料金。
・コスト:材料費、人件費(クリーニングスタッフおよびサポートスタッフ)、運営費(車両維持費、燃料、オフィス運営費)、マーケティングコスト。
・人員:初期段階でのクリーニングスタッフ、サポートスタッフ(顧客サービス、営業)の数。
・価格設定:サービスの価格設定は市場調査に基づく。
月次予測の作成
・初期投資と固定費:初期投資の総額、月々の固定費用(オフィス賃料、保険等)を算出。
・売上予測:顧客獲得の見込み、サービス単価、利用頻度から売上を予測。
・変動費:材料費、人件費、その他サービス提供に直接関連する費用を算出。
・人員計画:需要に応じた人員の増減とその人件費の計算。
・利益計算:売上から固定費と変動費を差し引いた利益を計算。
予測の実行
このプロセスは複雑であり、とくに具体的な数字に関しては市場調査や業界データに大きく依存します。そのため、以下にPythonを使用して簡単なモデルを作成し、概算値を計算します。このモデルはあくまで例示的なものであり、実際の計画には適切な調整が必要です。
このモデルに基づくと、初期投資と運営コストが高いため、最初の18か月間での累積利益はマイナスです。とくに、スタッフの人件費と固定費が大きな負担となっています。以下は主なポイントです。
・売上:売上は時間とともに増加し、18か月目には約250万円に達します。これは新規顧客の獲得と既存顧客からの収入の増加によるものです。
・コスト:初期投資に加え、固定費、変動費、マーケティングコスト、そしてとくにスタッフの人件費が全体のコストを大きく占めています。6か月ごとにスタッフを追加しているため、人件費が段階的に増加しています。
・利益:初期の数か月は大きな損失が見込まれますが、売上の増加により徐々に損失幅が縮小していきます。しかし、18か月目の時点でも累積利益はマイナスの状態が続いています。
ビジネスが黒字に転じるためには、さらに時間が必要であること、またはコスト削減、価格設定の見直し、サービスの効率化などの対策が必要です。このモデルはあくまで一例であり、実際のビジネスプランでは市場の需要、競合分析、顧客からのフィードバックなどをもとにした詳細な戦略立案が必要です。
見通しを立てるために必要な数字の出し方を教えてくれました。その上で、この計画はあまり筋がよろしくはなさそうだと示してくれています。これだけでも結果は見えつつありますが、「数字でも確認したい」という場合は、さらに各要素の表を出してもらいましょう。
よくわかりました。それらの仮定をすべて受け入れた前提で、月次の売上、コスト、人員、利益表を、1か月目から18か月目まで、省略せずに詳細に書き出してください。
入力の後半は初回とほぼ同じになっていますが、それでOKです。
以下は、提供したビジネスモデルの仮定に基づき、1か月目から18か月目までの月次売上、コスト、人員、利益表の詳細です。この表では、売上、コスト(変動費、固定費、マーケティングコスト、人件費)、利益、およびスタッフ数を毎月の基準で示しています。

注記
この表は、上記のPythonコードに基づいて生成されたデータをもとにしています。
・「新規顧客数」は、その月に新しく獲得した顧客数を表し、顧客成長率を考慮しています。
・「総顧客数」は、その月までに獲得した累積顧客数です。
・「クリーニングサービス売上」と「ロボット掃除機レンタル売上」は、それぞれのサービスからの月間売上を示しています。
・「総売上」は、クリーニングサービスとロボット掃除機レンタルの売上の合計です。
・コストは、変動費、固定費、マーケティングコスト、人件費(スタッフの給料)を含みます。
・「利益」は、総売上から総コストを差し引いた値です。
・「スタッフ数」は、その月の終わりにおける従業員数を示しています。スタッフは、需要に応じて増員されています。
この表により、事業が成長し、売上が増加するにつれて、利益が改善する様子を詳細に把握できます。しかし、初期の大きな投資と固定費、人件費が初期段階での損失を引き起こしていることがわかります。実際のビジネス運営では、これらの数字を定期的に見直し、必要に応じてビジネスモデルを調整することが重要です。
項目数が多いためか、18か月すべては出力してもらえず端折られていますが、大体の雰囲気はわかりました(必要なら、「7~17か月目のデータもください」と追加で聞いてください)。顧客数は通常、整数のはずですが、小数点を含む数字になっているのは、何らかの予測モデルで算出しているのだろうと思います。
しかし……簡単には儲かりそうにないですね、このプラン。どうも筋が悪いなと感じたら、ここからが人間の出番。当初のプランをリバイスしていきましょう。
まず、「ロボット掃除機のレンタル」は立ち上げ期の煩雑さと経費を上げるので、スタート時には実装しない方がよさそうです。既存のオフィスクリーニングのモデルをもう少しズラして、顧客先に清掃員を派遣せず、サブスクリプション的な定期交換モデルにした方がよいかもしれません。そうした改善案が浮かんだら、それもAIに聞いてみましょう。
やはりこのプランでは、採算が難しそうです。そこでビジネス内容を絞ります。まず、ロボット掃除機のレンタルはカットします。ソファや椅子の座面クリーニングも、客先に清掃員が行かないコンパクトなモデルにします。つまり以下のようにします。
椅子の座面や、ソファのクッション部を、非力な人でも簡単に取り外せるノブボルトへの交換をしておき、2か月に一度、クリーニングしたい椅子の座面を取り外し段ボールで送ってもらいます。座面自体は先に交換用ストックを送っておき、座面のない状態が起こらないようにします。
座面のクリーニングは、自社の作業エリアの専用環境で効率よく行えますし、次の交換日まで2か月の余裕があるので作業も平準化することができます。納入した椅子の数が少ない顧客でも、新サービスの顧客にできそうです。
この修正を踏まえて、アイデアの概要を書き直してください。
このように、「大まかに数字の面からプランを揉む」ということが、AIを使えば数分でできてしまいます。条件を変えて何回もシミュレーションするのも、楽にできますね。何度も試行錯誤しながら、確実な計画に近づいていけるはずです。時間的な射程を18か月や3年などにしたときに、新事業がいつ黒字になるのかといった感覚を養う訓練にもなるでしょう。
(本稿は、書籍『AIを使って考えるための全技術』の内容を一部抜粋・編集して作成した記事です。この他にも書籍では、分析、発想、発展、具体化、検証、予測といった“頭を使う作業”にAIを活用する方法を多数紹介しています)