
ミハイル・シムジャンキンは昨夏、ロシア西部のサンクトペテルブルクでバスに乗って通勤中、軍の新兵募集の看板を目にした。「真の男の仕事」を引き受ける者には、高額報酬を約束すると書かれていた。
大学を卒業し、中流階級の生活を送っていた。ロシア文化の中心であるこの都市で、美容サロンに勤める妻のクセーニャと犬1匹、猫2匹と暮らし、倉庫の在庫管理者というきちんとした仕事に就いていた。だが彼には未払いの公共料金があった。軍の入隊ボーナスは彼の月給約9万ルーブル(約16万7000円)よりはるかに多かった。
入隊ボーナスは上昇し続けた。2024年7月には130万ルーブルだったが、数週間後には170万ルーブルを超えた。ある夕方、仕事から帰宅した彼は「200万ルーブルになったら入隊する」とクセーニャに告げた。
それはわずか3日後だった。
クセーニャは行かないでと懇願した。シムジャンキンは戦闘経験がない自分はきっと後方勤務を許されると考えた。ウクライナとの戦争についてはわずかな知識しかなく、国営テレビの勝ち誇ったような報道から得たものだった。
だが3週間後には、ウクライナの前線に立っていた。2回目の任務で脚に榴散弾(りゅうさんだん)の破片による傷を負った。足を引きずりながらもその直後、ロシア兵二十数人が何カ月も閉じ込められている工場の廃虚に突入するよう命じられた。ウクライナ軍が3方向から包囲を進めている場所だった。
シムジャンキンのように、プロパガンダや高額な報酬につられて(一部の者は懲役刑を免れるために)入隊したロシア兵が何十万人もいる。彼らは前線に急きょ派遣されるのが常だ。ロシア軍はソ連式の残虐な戦術を用い、小さな戦果を得るために大勢の人命を犠牲にする。ロシアは今夏に入って攻撃を強化しており、ドナルド・トランプ米大統領は今月、 ウクライナに武器や防空システムを提供する と発表した。