ウクライナPhoto:PIXTA

ウクライナ侵攻のニュースが日々報道されるが、ウクライナで今を生きる人々の声を聞くことは少ない。戦争で変えられた日常を人々はどう生きているのか。ジャーナリストが現地で集めた市民による“戦い”の記録をつづる。本稿は、岡野直『戦時下のウクライナを歩く』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。

「息子を死なせたくない」
元大学教員の女性兵士

 2022年9月30日、ウクライナ東部・南部にある4州(ドネツク州、ルハンスク州、ザポリージャ州、ヘルソン州)について、ロシアのプーチン大統領は一方的に「併合する」と宣言した。これに対し、グテーレス国連事務総長は「武力行使国の領土を併合するのは国連憲章および国際法違反だ」と批判した。

 その時、すでにウクライナ軍は、南部ヘルソン州の奪還に向けて作戦を進めていた。10月に入り、ロシア軍に占領されていた州内の村落を次々と解放。11月11日には州都ヘルソン市に進入し、州内の4割をロシアから取り戻した。9月のハルキウ州に続き、ロシア軍は大きく陣地を失い、後退した。

 ただし、ウクライナ軍が奪還したのはヘルソン州内を走るドニプロ川の西岸地域に限られた。そのため、ロシア軍は部隊を舟などで渡河させて西岸から東岸へ移動し、そこからウクライナが取り戻した地域を砲撃し続けた。その結果、ヘルソン州は家や公共施設が破壊されて荒廃。

 一方、東部ではドネツク州、要衝バフムトが戦いの焦点となり、両国とも多くの犠牲者を出す市街戦が続いた。その後、ロシアは30万人ほど兵士を追加動員し、その一部をウクライナに投入したため、ウクライナが不利になりかけた。それでも、ゼレンスキー大統領は12月20日、バフムトの前線を訪問して兵士を激励。不退転の姿勢を示した。

 これらの作戦を進めるウクライナ軍には、大学教員や技術者といった職業を捨ててまで兵士になった人がいる。さらには、聖職者や政治家も兵士に志願。女性も兵員の2~3割を占める。

 そんな多様なバックグラウンドを持つ市民兵士を一つに束ねるものはなんだろうか。それを知ろうと、私は前線で戦っている兵士たちに直接話を聞いた。

「私の一人息子を死なせたくない 。それが、私が前線で戦う動機。息子が生きて、自分の夢を人生で叶えてほしいのです」

 15歳の息子の母親ナタリアさんは、激戦の続く東部ドネツク州で戦う。ロシアの本格侵攻前はウクライナ西部の国立大学で経済学を教えていた。そんな彼女は今、大学教員のポストを捨てて前線に立っている。私はキーウの喫茶店に座り、スマホで前線にいる彼女に連絡を取って、その動機を詳しく尋ねた。