超一流スポーツ選手に共通する「思考法」を学び、ビジネスに活かすための1冊『超☆アスリート思考』が発売された。この記事では、同書にも登場する、オリンピック柔道史上初の3連覇を成し遂げた野村忠宏さんに、理不尽な境遇に左右されない「目的収束思考」の大切さを語っていただいた。(インタビュー/金沢景敏 構成/前田浩弥)

【伝説的アスリートが語る】自分は悪くないのに…理不尽な“逆境”を乗り越える思考法写真はイメージです Photo: Adobe Stock

――『超☆アスリート思考』では、「自分が悪くないときこそ、自分に矢印を向ける」というマインドセットを掲載しています。自分に非がないのに「逆境」を迎えたときでも、“自分以外の何か”のせいにしようとせず、自分に矢印を向けて、「どうすればよかったのか?」と考える、トップアスリート特有の「自責思考」に触れた項目です。野村さんも、北京オリンピックでの4連覇に向けて準備を進めていたときに、ご自身の意に沿わない形で参加した合宿で重症を負われました。野村さんもまた、「自分に矢印を向ける」生き方をしたのでしょうか?

「自己選択思考」で前を向く

 そうですね。あのときは、まさに、自分に矢印を向けて、気持ちの整理をしました。

 2007年全日本の大会で優勝し、世界選手権の代表に決定したのですが、その試合で左膝の靱帯を痛めてしまったので、直後の全日本合宿は辞退の申し出をしました。しかし辞退が受け入れられず、やむを得ず参加したその合宿で、事故は起きました。

 目標としていた北京オリンピックの1年前。選手として最も重要な時期に、私は右膝の前十字靭帯を断裂する重傷を負ってしまったのです。

 私を、半ば強引に合宿に参加させておきながら、誰一人責任を取ろうとしない姿勢に、憤りは当然、ありました。

 ただ、最終的に参加を決めたのは自分です。
「たとえわがままだと言われても、断固として合宿参加を拒否する」という強硬手段も取ろうと思えば取れたのですが、その策を取らなかったのは自分の選択なのです。

 合宿に参加した以上は、自分の責任。「自己選択思考」で私は現実を受け入れ、前を向きました。

【伝説的アスリートが語る】自分は悪くないのに…理不尽な“逆境”を乗り越える思考法野村忠宏さん 柔道家、株式会社Nextend 代表取締役
柔道男子60kg級でアトランタ、シドニー、アテネで柔道史上初、また全競技を通じてアジア人初となるオリンピック3連覇を達成。2013年に弘前大学大学院で医学博士号を取得。引退後は国内外で柔道の普及活動を行い、スポーツキャスターやコメンテーター、講演活動など多方面で活躍している。

「目的収束思考」があると、逆境でもぶれない

 それに、誰かを責めても、怪我が治るわけではありません。
 大怪我をしましたが、「北京オリンピックで4連覇を目指す」という私の思いは変わりませんでした。

 大怪我をしたことで、治療もリハビリも必要になりました。新たにやることが増え、オリンピックから緻密に逆算した当初の計画も修正せざるを得なくなりました。私には、「ふざけるなよ」という思いに固執する時間がなかったのです。

 怒りや不満、後悔にとらわれたところで、「北京オリンピックで4連覇する」という目的への道が近くなるわけでもありません。むしろ遠のくでしょう。

 このような現実になった以上は、受け入れて、自分の力で、新たな自分をつくっていくしかない。他責にしても何の意味もない。そう思えたのです。まさに、「目的収束思考」によって、私は邪念を排除できたのです。

 そういえば、この「目的収束思考」の大切さを、私の敬愛する先輩である篠原信一さんから学んだことを思い出します。

誤審で負けても「弱いから負けた」と言った篠原先輩

 かつて、篠原さんが、シドニーオリンピックの決勝で大誤審を食らい、負けたことがありました。
 しかし、篠原さんは試合後、「弱いから負けた」とだけ語り、審判も、相手選手も一切批判しませんでした。この姿勢に、私は心を打たれました。

 篠原さんは「弱いから負けた」という言葉の真意も、丁寧に話しています。

 誤審があり、相手選手が優位に立った時点で、試合時間はまだ3分21秒残っていました。
 篠原さんは「自分に本当の強さがあったなら、残された時間で逆転勝ちができていたはずだ」と語っています。

 誤審(篠原さんはこのような表現をしませんでしたが)の結果、相手に有効ポイントが入った。これは事実なのだから、残り時間でいかにこれを逆転するかにフォーカスしなければいけなかった。

 しかし実際は、誤審を受けて「なんでだ?」「俺の勝ちだろう」「俺が投げただろう」という気持ちにとらわれ、焦って攻撃も雑になり、逆転することができなかった――これが、篠原さんが語る「弱いから負けた」の真意です。

「シドニーオリンピックで金メダルを取る」という「目的収束思考」が土壇場で崩れ、邪念にとらわれたことを、篠原さんは悔いていたのです。

 本当に審判の判定が正しかったのか。抗議の仕方は正しかったのか。それは篠原さんではなく、国際柔道連盟や日本代表の監督、コーチが検証すべき問題です。

 篠原さんは最後まで、「自分の弱さが原因で負けた」と語りました。
 それは決して「強がり」や「かっこつけ」ではなく、トップアスリートとして「目的収束思考」を見失ったことを悔いていたのだと、私は考えています。(野村忠宏さん/談)

(このインタビューは、『超⭐︎アスリート思考』の内容を踏まえて行いました)

金沢景敏(かなざわ・あきとし)
AthReebo株式会社代表取締役、元プルデンシャル生命保険株式会社トップ営業マン
1979年大阪府出身。京都大学でアメリカンフットボール部で活躍し、卒業後はTBSに入社。世界陸上やオリンピック中継、格闘技中継などのディレクターを経験した後、編成としてスポーツを担当。しかし、テレビ局の看板で「自分がエラくなった」と勘違いしている自分自身に疑問を感じ、2012年に退職。完全歩合制の世界で自分を試すべく、プルデンシャル生命に転職した。
プルデンシャル生命保険に転職後、1年目にして個人保険部門で日本一。また3年目には、卓越した生命保険・金融プロフェッショナル組織MDRTの6倍基準である「Top of the Table(TOT)」に到達。最終的には、TOT基準の4倍の成績をあげ、個人の営業マンとして伝説的な数字をつくった。2020年10月、AthReebo(アスリーボ)株式会社を起業。レジェンドアスリートと共に未来のアスリートを応援する社会貢献プロジェクト AthTAG(アスタッグ)を稼働。世界を目指すアスリートに活動応援費を届けるAthTAG GENKIDAMA AWARDも主催。2024年度は活動応援費総額1000万円を世界に挑むアスリートに届けている。著書に、『超★営業思考』『影響力の魔法』(ともにダイヤモンド社)がある。