リスクを取るのは個人と銀行どっち
政府は長年「貯蓄から投資へ」というスローガンを掲げていますが、これは日本の金融資産に占める預金の割合がアメリカなどと比較して高いため、個人により多くのリスクを取らせたいという意図があります。しかし、この「貯蓄から投資へ」が必ずしも良いことであるとは限りません。
個人がリスクを取らずに預金中心の社会では、預金を受け入れた銀行が融資を通じて社会にお金を循環させることになります。つまり、銀行がリスクを負担することになります。銀行が過大なリスクを抱えると金融システム不安につながる可能性があるため、政府としては金融機関ではなく個人にリスクを分散させたいのです。
金融機関が危機に陥った場合は経済への影響が大きく、破綻させられないため、個人であれば自己責任で対処できるという考えがあります。
もう一つの理由として、銀行の貸出先不足で資金循環が滞っているという見方もあります。預金に対する貸出の割合を示す預貸率は日本では低水準で推移しており、銀行は貸出を増やしたくても貸出先がない状況を示しています。
しかし、プロの銀行が貸出先を見つけられない中で、個人が投資を通じて適切に資金を循環させられるかは疑問です。
この政策の背景には、戦後の預金推進政策があります。戦後の日本発展のためにまとまった資金が必要となり、銀行の安定的な資金調達のために預金が推奨されました。
「子ども銀行」など学校での預金教育も行われ、優秀な学校は大蔵省や日銀から表彰されました。こうして集められた資金が銀行からの投融資を通じて高度経済成長を支えました。しかし、バブル崩壊以降は銀行預金が過剰だとして、今度はリスク資産への投資を促進するようになりました。
国民の貯金はこれからも減らない
「貯蓄から投資へ」政策は約20年間続いていますが、統計上は顕著な成果は見られません。ただし、NISAの拡充などにより、今後は徐々に有価証券の比率が高まる可能性もあります。
個人金融資産については、何度も減少に転じるのではないかと言われてきました。2010年代には団塊世代の退職により貯蓄が取り崩されると予測されましたが、実際には金融資産は増加し続けました。高齢者が貯蓄を取り崩さなかった理由として、遺産として残そうとするニーズと長寿リスクへの備えが挙げられます。
ただし、今後については減少に転じるという見方も根強く存在します。団塊世代から団塊ジュニア世代への相続が進む中、就職氷河期世代と重なる団塊ジュニア世代は収入が低い傾向にあるため、相続した資産を使い始めるのではないかという予測があります。
一方、2017年に野村総合研究所が設立した「家計金融資産とマクロ経済に関する研究会」の2018年レポートでは、2040年まで日本の家計金融資産は緩やかに増加すると予測されていました。
実際には予測を上回るペースで増加しており、2024年のシミュレーションでは約2000兆円と予想されていたものが、実際は2230兆円となっています。
この予想を上回る増加の要因として、コロナパンデミックの影響が考えられます。給付金の支給に加え、生活防衛意識の高まりによる貯蓄増加、さらにはパンデミック後の株価上昇による金融資産の増加が寄与した可能性があります。