ため息の先に見る数字
手の中にある350mlの缶ビール。これが、今の自分に許された贅沢のすべてだ。
あと何年、こうして働き続けるのだろうか。娘の私立高校の学費は、年間100万円近くかかると聞いたことがある。今の収入と妻のパート代で、果たして賄えるのか。
その先の大学進学は? 息子の分も考えなければならない。そして、自分たちの老後資金……。
具体的な数字を思い浮かべようとすると、決まって思考が停止する。見えない不安という霧が、心を覆っていくようだった。
このままではヤバい。何か、何かを変えなければ、自分も家族も、この停滞感から抜け出せない。
スマホの光、一筋の希望
飲み干したビールの缶を傍らに置き、慎平は無意識にスマートフォンを手に取った。SNSを眺めても、友人たちの充実した投稿が胸に刺さるだけだ。
ニュースサイトに切り替えると、経済面の片隅に「新NISA、開始から2年近くで見えた個人の変化」という見出しが目に留まった。
株式投資――。
かつて、同僚が大きな損失を出したと青ざめていたのを思い出す。自分のような人間が手を出していい世界ではない。そう固く信じていた。リスク、暴落、ギャンブル……ネガティブな単語ばかりが頭をよぎる。
しかし、その記事を読み進めるうちに、慎平は少しずつ引き込まれていった。「長期・積立・分散」という、かつては耳慣れなかった言葉。そして、「月々数千円から始められる」という一文に、指が止まった。
1万5000円から始まる未来図
月に使える1万5000円。この小遣いの中から、たとえ5000円でも捻出すれは、未来への投資ができるかもしれない。それは、ただ銀行に預けておくだけでは決して見ることのできない、新しい可能性の扉だった。
もちろん、すぐに資産が増えるわけではないだろう。むしろ、短期的にはマイナスになることだってあるはずだ。
だが、10年後、20年後、子どもたちが独り立ちする頃には、どうなっているだろうか。自動車の知識を必死に学んだように、今度はお金の知識を学んでみてはどうだろうか。
「インデックス投資」「高配当株」……記事に出てくる知らない言葉を、必死に目で追った。それはまるで、初めて車のエンジンルームを覗き込んだ日のような、未知への好奇心と高揚感をかすかに思い出させてくれた。
明日への小さな一歩
公園の冷たいベンチの上で、慎平の心に小さな火が灯っていた。それは、焦燥感とは少し違う、未来に向けた静かな決意の炎だった。
「まずは、証券会社の口座開設から調べてみよう」
誰に言うでもなく、そう呟いた。空になった缶をゴミ箱に捨て、駐車場へと向かう足取りは、来た時よりもほんの少しだけ軽くなっていた。まだ何も始まってはいない。しかし、ただため息をつくだけだった昨日とは、確かに違う一歩を踏み出そうとしていた。
※本稿は、『89歳、現役トレーダー 大富豪シゲルさんの教え』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。











