値動きの奔流とシゲルの眼
「さ、8時や」
シゲルさんがそう言った途端、静寂は破られた。灰色だった数字が一斉に緑や赤に色づき、滝のように流れ始める。
プラスを示す緑、マイナスを示す赤。その数字が、1秒も経たないうちに目まぐるしく変わっていく。
「うわっ……!」
思わず声が出た。これが「寄り付き」というものか。ニュースで見る株価ボードの何倍もの情報量が、僕の目に飛び込んでくる。
どの企業の株価が上がって、どれが下がっているのか。目で追うことすらままならない。しかし、隣のシゲルさんは、この情報の嵐を鷹のような鋭い目つきで静かに見つめていた。
その指は、マウスの上で微動だにしない。
最初の教え「全体像を掴め」
「個別株の動きに目を奪われたらアカンで」
僕の心中を見透かしたように、シゲルさんが口を開いた。
「まず見るべきは、市場全体や。日経平均やTOPIXの先物、今日の市場を動かしそうな主要なニュース。森を見てから、木を見るんや。多くの初心者は、いきなり一本の木、つまり個別銘柄の値動きだけに飛びついて火傷する」
シゲルさんはモニターの1つを指差す。そこには、日経平均株価のチャートや、為替、主要な海外市場の終値などが一覧で表示されていた。
個別の会社の株価も、結局は経済という大きな川の流れの中で動いているに過ぎない。その流れの向きと強さを把握することが、最初の第一歩なのだと、その画面は雄弁に語っていた。
情報こそが最大の武器
「そして、なぜその木(個別銘柄)が動いているのか、その理由を探る。それが3台目のPCの役目や」
彼はそう言うと、別のモニターに表示されたニュースサイトを素早くスクロールし、ある企業の名前を指差した。
「ほら、この会社、昨日ええ決算を発表しとる。だから朝から買いが集まっとる。逆に、こっちは海外でトラブルがあったと報道されたから売られとる。ただの数字の羅列に見えるかもしれんが、その裏には必ず人間の営みと感情がある。その情報を人より早く、正確に掴むことが、この世界で生き残るための最大の武器なんやで」
シゲルさんの言葉は、単なる投機ではない、「投資」という行為の奥深さを僕に突きつけていた。僕はゴクリと喉を鳴らし、目の前のデジタルな戦場を、改めて見つめ直した。
※本稿は、『89歳、現役トレーダー 大富豪シゲルさんの教え』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。











