
サイダーを飲む蘭子と佳保がエモい
嵩「とんでもない人を招いちゃったかもしれない」
のぶ「大丈夫で」
のぶのこの「大丈夫で」という口調はたぶんに令和的だ。それはともかく、テレビに出ている人は御殿のような家に住んでいると思っていた佳保。のぶは「狭いながらも楽しい我が家よ」と動じないが、嵩は「引っ越しを検討しております」と言い出す。
ここで恒例の「史実では」。
以前のレビューにも記したように、史実ではとっくに新宿荒木町に一軒家を購入している。嵩のモデルのやなせたかしと、妻・暢のダブルワーク(正確にはやなせが百貨店勤務と副業をしていたのでトリプルワーク)のうえ、節約しての大きな買い物だ。
その後、やなせは仕事がひきもきれない売れっ子になるのだが、ドラマでは、嵩は作詞家として、テレビに出ている漫画家先生として、そして、大ヒット詩集を出した詩人として売れているにもかかわらず、おんぼろ長屋に住み続けている。長屋の住人がひとりも出てこない長屋に(子どもが遊んでいるくらい)。
その理由はなんだろう。
清貧を描くほうが、視聴者的に共感するからだろうと筆者は推察する。
朝ドラで好まれるのは、慎ましさのなかにある美徳である。
だが、わあ〜嵩は売れても鼻にかけず、慎ましいのね〜(好感度バク上がり)にはならない気がする。明らかに売れているのに狭い家にずっと暮らしていて仕事場も持たないことに、むしろ貧乏仕草を感じる視聴者もいるのではないだろうか。
小さなお客が来てもケーキではなく、あんぱんを出すのもちょっとケチすぎる気もする。のぶの誕生日も、あんぱんで囲んだプリンなのかレアチーズケーキなのかわからない謎のスイーツだった。
ここで恒例「史実では」2。
やなせたかしは倹約家だったが、暢はお金の使い方が豪快だったそうだ。
あんぱんを出された佳保は「お金がなくて大変なんだよ」とあんぱんを食べるのを遠慮する。
ほんとはやさしい子なのかなと思ったら、やっぱり。彼女の生意気には事情があって……。
最近、父親を亡くしていたのだ。それでひどく落ち込んでいたが、嵩の詩集を読んで励まされた。彼女が生意気なことを言うのは、悲しみを見せたくなかったからだった。
中園はインタビューで、誰もが「こんなはずじゃなかった」と思うことはあるでしょうと言っていたが、彼女自身が少女時代に「こんなはずじゃなかった」体験をしていたのだなあと思う。中園の描く女性キャラはやたらと鼻っ柱が強いが、内面を他者に見せないための鎧を着ているように見えるのはそんな生い立ちからだろうか。
のぶはサイダーを買いに行き、その間、蘭子(河合優実)に佳保の相手を頼む。
サイダーを飲みながら語り合う蘭子と佳保。この画がエモい。
ふたりが好きな映画の話題で意気投合するのも、大事な人を亡くしたさみしい同士だからだろうか。
「てのひらのうえのかなしみ」の詩が好きなところも同じだった。
蘭子と佳保は詩を暗唱し、お互いの指先にそっと触れる。ここもエモい。