父親の話によると、娘が父名義のクレジットカードで多額の買い物を繰り返し、何度注意してもきかないのでブチ切れたらしい。事情はわからないでもないが、年頃の娘を半裸で外に出すというのもいかがなものか。

「なるほど、お気持ちはよくわかりますが、ご近所の目もありますし……」

　そんなふうにやりとりすると、父親もだんだん冷静になっていく。10分も話をするうちに父親もやりすぎたと反省し、服を着てリビングに戻ってきた娘とも和解と相成った。浦口だけは腹の虫がおさまらないらしく、終始ぶぜんとした表情だったものの、最後には父親が「お手数をおかけして、すみませんでした」とわれわれに頭を下げたのだった。

　無事に現場処理をして、父親と娘さん2人に玄関まで見送られて豪邸を辞去。交番に戻ろうと玄関前に停めていた自転車に乗ったところで、制服姿の「ゴンゾウ」＊が自転車をゆっくり駆ってやってきた。

「バスタオル女子、いた？」

　110番通報は、通信指令本部から「方面系＊」と呼ばれる無線で、調布管内だけでなく三鷹や府中といった「第8方面＊」の警察署にいっせいに流される。われわれと同じタイミングで通報を聞いたゴンゾウが、遠方から興味津々でのこのこと駆けつけてきた＊というわけだ。

「大丈夫。もう解決したから」

　浦口がぶっきらぼうにそう言うと、ゴンゾウは私のほうに顔を向け、「安沼、見た＊？　もしかしてポロリ、あった？」と鼻息荒く聞いてくるのだった。

書影安沼保夫『警察官のこのこ日記』（三五館シンシャ）安沼保夫『警察官のこのこ日記』（三五館シンシャ）
110番
通信指令本部（通称・通本）からわれわれに110番などの指令や時報（0時とか6時とか）や指示が流れてくる。「通本」は110番の受理も行なっており、110番に架電すると、通本の警察官や嘱託員（おもに警察OB）が「はい、110番警視庁です。事件ですか？　事故ですか？」と応答する。最近では緊急対応不要な通報が問題視されていて、110番をためらう人もいるようだが、事件や事故に遭ったり目撃した場合には躊躇なく通報していただきたい。迷子や迷い人が出たり、保護したりした場合も110番でOK。緊急対応を必要としない警察への相談は、警察相談専用電話「＃9110」番を利用してもらいたい。
ゴンゾウ
英語の「gonzo ＝ 風変わり・馬鹿者」に由来し、やる気のない、いわゆる窓際族警察官を指す隠語。内野聖陽主演のテレビドラマ「ゴンゾウ　伝説の刑事」では、「ゴンゾウ」を「能力があるのに働かない人」としていたが、警察内部では、私の知るかぎり「ただの働かない人」を指した。
方面系
警察無線にはおもに方面系と所轄系の2種類がある。方面系では、通本から各方面の署やパトカーに指令が出されるのに対し、所轄系では署と交番員とのあいだで細かいやりとりをしたりする。
第8方面
警視庁はエリアごとに第1方面（丸の内、麹町など）から第10方面（板橋、王子など）まで区分けされている。
駆けつけてきた
この警察官の交番はかなり遠く、自転車でも20分はかかる。強い使命感があったわけではなく、「バスタオル女子」の言葉に暇つぶし＆興味本位で駆けつけたのだろう。とはいえ、大人数のケンカなど1人で対処できないときにも来てくれるので、なんだかんだで頼りにもなる。
安沼、見た？
私は調布署の地域1係にいたが、同じ係だと同じサイクルの勤務となり、歓送迎会やレクと呼ばれる旅行もこの係単位で行なわれるため、顔なじみになりやすい。逆に、地域2～4係とは交番での引き継ぎくらいでしか顔を合わせないため、同じ交番の人くらいしか顔も名前もわからない。