「知らない人は知らないけど知ってる人は知ってる」ゆるい歌詞なのに、大森元貴が歌うとやたら説得力【あんぱん第123回】

「戦後80年で、でもいまも戦争は終わっていない」

『あんぱん』を描くにあたり、戦争のことは外せない。いつもの朝ドラより戦争のことを手厚く(長く)描くと脚本家の中園ミホは言っていた。それで、嵩が中国に出征したエピソードをドラマの前半で描き、戦後になっても、折につけ戦争を思い出すことを書いている。

 コン太(櫻井健人)のたまご食堂、そして、岩男の息子。中国での出来事を嵩は決して忘れない。そして、蘭子も。初恋の豪(細田佳央太)を戦争で亡くし、その後、一生恋はしないと誓って生きてきた蘭子は戦争体験者の取材を始めた。そんな彼女の気持ちを八木(妻夫木聡)は慮る。

 例えば、『虎に翼』(2023年度前期)でも、戦後10年から始まった原爆裁判を取り上げた。戦争を、戦争が行われた時期の苦労談として描くのみならず、戦後もまだ解決していない問題に着目するようになったのは、世界で戦争が激化しているからだろう。戦争が終わったものではなくまだ続いている。

 北村匠海もインタビューで「今年は戦後80年で、でもいまも戦争は終わっていないと僕はどこかで思っていたし、世界ではまだ悲しい出来事が起きている最中です」と語っていた。

 あのときのことをまだ覚えているのは、嵩や八木だけでなく、健太郎も岩男の息子に会っていたと聞いたとき「田川兵長」とつぶやいた。彼も定年でブラブラと弛緩したような毎日を送っているが、中国の戦場のことを思い出すと心身に力が入るようだ。

 そこで思うのは、復員してから、岩男の家族に遺品を届ける役割は本来、嵩がふさわしいのではないかと思ったが、あまりのショックで会いに行けなかったという設定なのだろうか。岩男のエピソードはドラマのオリジナルなので、モデルのやなせたかしの記録を参考にできない。もしもやなせたかしがこういうハードな体験をしていたら、どう行動し、のちにどんなふうに語ったであろうか。

「知らない人は知らないけど知ってる人は知ってる」ゆるい歌詞なのに、大森元貴が歌うとやたら説得力【あんぱん第123回】