「知らない人は知らないけど知ってる人は知ってる」ゆるい歌詞なのに、大森元貴が歌うとやたら説得力【あんぱん第123回】

「当たり前のことをちゃんと忘れないようにしないと」

 いせはとても明るく寛容で、誰をも仲間に入れてしまう。そんな彼が作る曲はどれも清明で前向きなもの。彼はぎり、戦争を体験した世代だから、嵩のアンパンマンに込めた思いも理解しているだろう。大森元貴が歌うものだから、清明さに無理がなく、説得力がやたらとある。

「知らない人は知らないが知ってる人は知っている」。この歌詞に「当たり前ですね」と笑ういせ。当たり前のおもしろい歌詞から入って、「僕の命が終わるとき、違う命がまた生きる」というこれまた当たり前だが深い歌詞にたどりつく。

「当たり前のことをちゃんと忘れないようにしないと」といせ。アンパンマンが顔を食べさせるのは命のバトンタッチなのだなあと思う。

 いせの曲を聞いて、のぶは戦争で心に傷を負った人、大切な人を失った人がミュージカルを見て、それでも人生捨てたものじゃないと心を少しでも軽くしてほしいと願う。

 いせの曲を楽しそうに歌っている俳優たちをメイコが気にかけていることにのぶは気づく。そういえば、メイコは歌が好きで、『のど自慢』出場を目指したこともあったっけ。

 のぶは忙しくてなかなか現場にこられない嵩に代わって、マノとの橋渡しをやっている。メモをとるのに速記が役立つ。のぶとメイコは衣裳も手伝うことになって(衣裳スタッフがいないようだ)、アンパンマンの手袋を、羽多子の作業用ゴム手袋がピッタリと考えて使うことにする。

 見た目はピッタリだが、蒸れるとアンパンマン役のヒラメ(浜野謙太)には不評。このヒラメは芸人で、芸人らしい瞬発力をアンパンマンの誕生に生かしたいとマノは言う。

 嵩はマノに、アンパンマンを閃くにあたり影響を受けたのは井伏鱒二、太宰治、映画『フランケンシュタイン』と伝える。いまでは幼児の人気者だが、だいぶ渋いものによってアンパンマンは形成されているのだ。

 大人向けの渋いものを目指してきた嵩が、何度も何度も検討を重ね、本質だけをすくいあげ普遍性に到達した、それがアンパンマンなのだ。

「当たり前」といえば、ミュージカルの出演者が、チケットが売れていないと心配しているのをのぶが立ち聞きする。そのときの会話はこうだ。

「(チケット)まったく売れてないみたい」
「え〜大丈夫?」
「じゃああんまり大勢のお客さん来ないかもねえ」

 チケットが売れていない=大勢のお客さん来ないかも……じつに当たり前すぎる会話である。

 人気作家のやないたかし、いせたくや、マノ・ゴローと揃えてもチケットが売れない。これって演劇あるある。演劇はハードルが高いのだ。1970年代当時のことはわからないが、少なくとも令和の演劇はそんなこともある。

 のぶはせっせと宣伝に励み、お茶の稽古でチラシを配るが、反応はいまいち……。子どもは行きたがるが大人は渋る。

 のぶは何かを思いつき、蘭子(河合優実)に電話をかける。そのときの蘭子は執筆活動中なのだが、ほんの少し、ほんのすこ〜しだけカメラ側に体を傾けている。“見せる”ことを重視したアングルである。