
のぶはいまもまわりに流されてその色に染まってしまってはいないか。
「どっちもわざと外してるんだ」
そう嵩は言う。
「ぼくはそれが健康な社会だと思うから」
この世界に存在するばい菌といい菌の共生を例にあげて創作意図を語る嵩。
「絶えず拮抗して戦っているのが健康な世の中だと思うんだ」
これは実際に嵩のモデルであるやなせたかしが語っていることだ。
アンパンマンが顔を食べさせてグロテスクだとしても精神は清廉潔白すぎるから、ばいきんまんのような悪者キャラがいることで『アンパンマン』の世界にバランスがとれたのではないだろうか。
そこで思い浮かぶのが、長屋の屋根のないトイレでののぶと嵩のキスシーン。共同トイレで愛を語るのはなんだか不潔な気がしたが、「きれいなもの」で満たしたくない作者の気持ちを物語るシーンだったのかなと想像する。
嵩の意図するアンパンマンとばいきんまんの関係を聞いてのぶは戦中のことを思い出す。
「みんなが同じものを見て同じような発想をする世の中は危険や。そんなの嘘っぱちやと蘭子にも言われたきね」
当時ののぶを知らない八木にのぶは説明する。
「私はまわりに流されてその色に染まってしまったことがあるんです」
冷静な視聴者はここで、いや、のぶ、いまもあなた、かなり流されて一色に染まっていると思うよ?と思ったのではないだろうか。たまたまアンパンマンというすてきな害のない色に出会ったからよかったけれど。いまののぶはアンパンマンのことしか考えてないように見える。
のぶのモデルの暢は、夫のやなせたかしの世話もしつつ、お茶や山登りや好きなことをして自分の世界を持っていたようだ。その自由さがやなせたかしには良かったのではないだろうか。
たとえば、やなせたかしは柑橘の剥き方にこだわりがあって。でもそれを妻には強要せず、好きに剥かせていたというエピソードが印象的だったと北村匠海が以前語っていた。
「やなせさんは果物(柑橘の小夏)の剥き方を、暢さんといるときは彼女の剥き方に合わせていて、いないときは『ほんとはね、高知の独特の剥き方があるんだけどね、彼女があんなに幸せそうに剥くからぼくは一緒に剥くんだ』とやなせさん独自の剥き方をしていたそうなんです。その一歩引いたやさしさがすてきだと思います」
この話を聞いたとき筆者は、単なる夫婦のほっこりラブラブエピソードと思ったが、ばい菌といい菌の話をフィルターにはさむと、やなせが生き方や考え方の違いを大事にして、誰のことも否定しないしやっつけないという考えを持っていたことと繋がって見えた。
「それはちょっと大げさじゃないかな」と言われてしまうかもしれないが。