シャンパンやビールによって五感で勝利を感じる

 我々が知る日本の「ビールかけ」は、いつ、どこで始まったのか。

 その歴史は1959年まで遡る。この年、南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)が読売ジャイアンツを破り、日本一の栄冠に輝いた。その祝勝会で、日本初のビールかけは行われた。当時のキリンビールの社内報には、その様子がこう記されている。

《南海チームは(中略)まずキリンで乾杯。ついで半田、サディナといったアメリカでのプロ野球経験者が、アメリカの例にならいエース杉浦の頭にキリンをぶっかけてその労をねぎらい、優勝をよろこび合った》

 日系アメリカ人選手がアメリカ球界で常識となっていた「シャンパンファイト」の文化を知っており、高価なシャンパンの代わりに、より身近なビールを使って勝利の喜びを分かち合ったのだ。このパフォーマンスは、やがて日本のプロ野球に深く根付き、今日に至るまで続く伝統となった。

 では、その元祖である「シャンパンファイト」はどこから来たのか。

 起源は、フランスの皇帝・ナポレオンがシャンパンの噴き出す様子を気に入り、戦勝記念に始めたという説があるが、スポーツ界ではモータースポーツが最初のようだ。

 1960年代、フランスで開催される自動車耐久レース「ル・マン24時間レース」で、優勝者がシャンパンを振りまくという習慣が生まれたとされる。シャンパンは、古くからヨーロッパの王侯貴族に愛され、祝祭や特別な瞬間を彩る「高級」で「非日常」な飲み物であった。

 その泡立つ液体が勢いよく噴き出す様は、勝利の爆発的なエネルギーと視覚的な華やかさを完璧に表現していた。レースという極限の緊張から解放されたドライバーたちが、シャンパンの泡とともに喜びを爆発させる光景は、メディアを通じて世界中に広まり、スポーツにおける勝利の象徴として定着していったのだ。

 ビールかけもシャンパンファイトも、その根底にあるのは、日常から非日常へと移行する瞬間を、液体を浴びせ合うという身体的な行為によって刻み込む、という共通の構造である。

 それは単なるアルコールの浪費ではなく、勝利という抽象的な概念を、五感で感じられる具体的な体験へと変換する装置なのだ。