
トヨタ自動車の会長・豊田章男氏は芸能ニュースにもアンテナを張っているらしい。トヨタ自動車ほどの世界的大企業の経営トップが、出会う人たちの心をつかむ理由はそんなところにもあるのではないか。彼のそばにいた人たちによるエピソードを見ていくと、意外な能力が見えてくる。(イトモス研究所所長 小倉健一)
豊田章男氏がAKB劇場に行ったワケ
「出た! トヨタのエリート社員。自分は忙しいからAKBの総選挙なんか見ていません。経済ニュースは知っているけど、芸能ニュースは興味ありません。そう思っているでしょ」
発言の主は、2024年の自動車販売台数が1080万台となり、5年連続で世界首位を維持しているトヨタ自動車の会長・豊田章男氏だ。
この話は、章男氏の側近(広報担当)として伴走した藤井英樹氏の書籍『上司 豊田章男 トヨタらしさを取り戻す闘い 5012日の全記録』(PHP研究所)で明かされたものだ。本書には、章男氏の知られざる一面が克明に描かれている。
かつて社長だった章男氏の部屋には、現場の職人が板金で作った一体の人形が置かれていたという。それは、有名なアニメのキャラクター、トトロ。手にする傘の先端には、本物のような雨の雫まで再現されていたそうだ。
書籍で描かれる社長室は、さながら「おもちゃ箱」である。
思い出の写真、提携先から贈られたサーフボード、そして大きなテーブルの上にはミニカー。世界を代表する企業のトップが過ごす場所と聞いて多くの人が思い浮かべる、重厚なイメージとはかけ離れた光景だ。この部屋の主の哲学が、空間そのものから伝わってくるようだ。
打ち合わせに訪れた人がまず経験するのは、章男氏から発せられる本題とは最も遠い会話である。「髪形変えた?」「いいネクタイだね」。そんな個人的で、業務とは関係のない雑談からすべては始まる。