自民と維新の「連立合意書」に学ぶ、“人を動かす一行”の秘密とは?
「1つに絞るから、いちばん伝わる」
戦略コンサル、シリコンバレーの経営者、MBAホルダーetc、結果を出す人たちは何をやっているのか?
答えは、「伝える内容を1つに絞り込み、1メッセージで伝え、人を動かす」こと。
本連載は、プレゼン、会議、資料作成、面接、フィードバックなど、あらゆるビジネスシーンで一生役立つ「究極にシンプルな伝え方」の技術を解説するものだ。
世界最高峰のビジネススクール、INSEADでMBAを取得し、戦略コンサルのA.T.カーニーで活躍。現在は事業会社のCSO(最高戦略責任者)やCEO特別補佐を歴任しながら、大学教授という立場でも幅広く活躍する杉野幹人氏が語る。新刊『1メッセージ 究極にシンプルな伝え方』の著者でもある。

自民と維新の「連立合意書」に学ぶ、“人を動かす一行”の秘密とは?
10月21日に、高市早苗さんが新しい首相に選出された。
直前まで誰が首相になるかわからなかったが、それが事実上決まったのが10月20日の自由民主党と日本維新の会の連立合意だった。
この連立合意の内容は「連立政権合意書」として即日で、それも、全文が公開されている。新首相を決めた歴史的な合意書と言えるだろう。
この連立政権合意書は、連立政権を樹立することが目的のためのものであり、政治に関心がある人はその政策や政権自体に注目しただろう。
わたしはビジネスでの伝え方に関わるものとして、そのような政策や政権自体ではなく、この歴史的な合意書の「合意文」の書き方に関心をもった。
これらの合意文は、当たり前だが、その後にステークホルダーを動かし、実行されて、守られるためのものだ。
ビジネスシーンでも、身近なところだと会議の議事録に載せる合意文づくりなど、いろいろと合意文を書くことがあるだろう。このため、この連立政権合意書の合意文を、ビジネスでの書き方に役立てる視点で眺めてみたい。
ビジネスでの書き方に役立てる視点としては、合意文のそれぞれの一行は、それの関係者を動かすための一行のメッセージになっていることから、「人を動かす1メッセージ」の技術的な視点から考えてみる。
合意文では「反証可能性」が大事である
「人を動かす1メッセージ」の技術的な視点から考えると、合意文ではその「反証可能性」が大事になる。反証可能性とは、後々に結果での確認によって否定できる余地を意味する。合意文であれば、その合意が守られたのかを後々に結果によって確認できるかどうかだ。
後々になっても守られたのかを確認する術がない合意は、なにも合意していないのと等しいからだ。反証可能性のない合意文で合意したことになっていると、関係者のあいだでなにを合意したのかがわからずに後々になって「合意は守った」「いや、なにをもって守ったと言っているんだ、合意は守られていない」など水かけ論争になってしまう。
もちろん、水かけ論争になるだけではなく、そのような合意では、なにを実行するべきものかも曖昧になり、期待するような結果ももたらされない。
逆に、反証可能性がある合意文は、なにを守るべきかがはっきりする。このため、関係者のあいだで認識の齟齬がなくなる。そして、反証可能性がある合意文は、否定される条件をつくることで退路を断っているため、伝えている人の意志や決意が伝わりやすく、ステークホルダーを動かし、期待するような結果をもたらしやすい。このように、優れた合意文には「反証可能性」が備わっている。
合意文を「反証可能性」の視点で見てみよう
では、今回の連立政権合意書を「人を動かす1メッセージ」の視点、特に合意文の「反証可能性」に注目して見ていこう。
合意書の合意文は量が多いため、今回はビジネスパーソンに近しい「経済財政関連施策」として掲げられた6個の合意文を一行ずつ見てみよう。
合意文1はどうか?
合意文1:「ガソリン税の旧暫定税率廃止法案を25年臨時国会中に成立させる」の反証可能性
6個の合意文の内、最初の合意文はこの一行だった。
「ガソリン税の旧暫定税率廃止法案を25年臨時国会中に成立させる」
この合意文は、反証可能性がある。25年の臨時国会中に成立しなかったら守られなかったと否定できるし、26年以降に成立しても守られなかったと否定できる一文になっているからだ。
特に期限を「数字」で明記しているのが大きいだろう。このため、反証可能性があり、なにを守らなくてはいけないかがはっきりしている。
繰り返すが、このような反証可能性がある合意文は、後から守られたかどうかの白黒がつきやすいが、それが故に退路を断っていて、1メッセージとして伝え手の意志や決意が伝わりやすく、まわりをその達成に向けて動かすものになる。
「人を動かす1メッセージ」の観点としては、優れた合意文と言える。会議での議事録での合意文をつくる際などで、期限を「数字」でピンポイントに入れることは、ビジネスパーソンにとっても参考になるだろう。
合意文2はどうか?
合意文2:「電気ガス料金補助をはじめとする物価対策を早急に取りまとめ、25年臨時国会において補正予算を成立させる」の反証可能性
続いての合意文の一行はこれだ。
「電気ガス料金補助をはじめとする物価対策を早急に取りまとめ、25年臨時国会において補正予算を成立させる」
これも、反証可能性が高い1メッセージになっている。
前の一行と同じように期限が数字で明記されていて、25年臨時国会において補正予算を成立させられなかったら、合意が守られなかったと結果で否定が可能になっているからだ。
あえて言えば、「物価対策」がなにを指すのかはステークホルダーの間で「定義」が異なる可能性があり、ここで「合意したことと違う」と後から議論になる可能性はある。
ただ、その部分くらいであり、こちらも「人を動かす1メッセージ」の観点としては、優れた合意文と言えるだろう。
合意文3はどうか?
合意文3:「インフレ対応型の経済政策に移行するために必要な総合的対策を、早急に取りまとめ、実行に移す。とりわけ、所得税の基礎控除などをインフレの進展に応じて見直す制度設計については、25年内をめどに取りまとめる。給付付き税額控除の導入につき、早急に制度設計を進め、その実現を図る」の反証可能性
続いての合意文はこれだ。
「インフレ対応型の経済政策に移行するために必要な総合的対策を、早急に取りまとめ、実行に移す。とりわけ、所得税の基礎控除などをインフレの進展に応じて見直す制度設計については、25年内をめどに取りまとめる。給付付き税額控除の導入につき、早急に制度設計を進め、その実現を図る」
これは、反証可能性が低い合意文になっている。
最初の「総合的対策を…実行に移す」の一行は、なにをどうしたら実行に移したことになるのかが人によって定義が揃わない可能性がある。このため、合意者間でもなにを合意したのかの認識が相違する可能性もあるし、行政や政党支持者や有権者などの他のステークホルダーもなにが期待できるのかがわかりにくく、伝わりにくい。
最後の一文の「給付付き税額控除の導入につき、早急に制度設計を進め、その実現を図る」も、反証可能性が低い。齟齬をなくし、そして、伝えている人の意志や決意をステークホルダーに伝わりやすくしたいのであれば、もう少し反証可能性を高められる。
たとえば、「早急に」ではなく最初の合意文と同じように数字で期限を入れたり、「実現を図る」ではなく「実現する」にしたりすると、反証可能性が高まる。特に「実現を図る」は実現しなくても努力すれば「実現を図った」と言えてしまうので、ビジネスシーンの議事録では玉虫色にしたかったりするときによく使われる表現になっている。その他の合意文の反証可能性も見ていこう
残りの合意文はどうか?
同じようにして、残りの3つの合意文を反証可能性の視点から同時に見ていこう。
「租税特別措置および高額補助金について総点検を行い、政策効果の低いものは廃止する。そのための事務を行う主体として政府効率化局(仮称)を設置する」
「飲食料品については、2年間に限り消費税の対象としないことも視野に、法制化につき検討を行う」
「子どもや住民税非課税世帯の大人には一人4万円、その他の人たちには一人2万円を給付するという政策は行わないものとする」
最初の合意文は、期限を入れると反証可能性はより高まりそうだが、反証可能性はある。
次の合意文は、「検討を行う」の部分に反証可能性がない。検討をしたのかしなかったのかは頭の中で「検討した」と言えばそう言えてしまう。なにを合意したのか、守られたのか守られなかったのかがわかりにくい。これは反証可能性がない合意文で、ビジネスシーンでの合意文としては参考にならない。
最後の合意文は、反証可能性があり、優れた合意文と言えるだろう。特にこのような「否定」を入れた合意文は、なにを合意したかも明確になり、守れたか守れなかったかもわかりやすい。齟齬が生まれることもない。これでまだ給付する政策を実行しようとは誰も思わないだろう。このため、伝えている人の意志や決意がステークホルダーにも伝わりやすい合意文になっており、ビジネスシーンでの合意文としても参考になる。
総じてみると、反証可能性が高い合意文が幾つかあり、それらは認識の齟齬が起こりにくいだけではなく、強い意志と決意が伝わってくる。
直接のステークホルダーにとってはなおさらであろうから、これから関係する人を動かし、それらの政策が進んでいく蓋然性が高いだろう。一方で、反証可能性の低い合意文もあり、これらの政策は実質的にはまだこれから詰めるものなのだろう。
さらに興味がある人は、このような「反証可能性」の観点から残りの「連立政権合意書」の合意文を見てみると、学びを得られるだろう。そして、数年後にこれらの合意がどう守られたのかを確認することで、それぞれの合意文の帰結を理解でき、さらなる学びにもなるだろう。
なお、今回の連立政権合意書の分析は、「人を動かす1メッセージ」の技術的な視点からのものであり、好き嫌いや、政治的や政策的な良し悪しを評価するものではないことを付記しておく。
ビジネスパーソンにとっての合意文の学び
今回の連立政権合意書の合意文は、ビジネスパーソンにとっても合意文としての学びが詰まっている。合意文で大事なのは、反証可能性だ。
いくつかは反証可能性がない合意文もあったが、反証可能性が高い合意文がいくつか入っており、それらの書き方は、ビジネスパーソンにとっても会議での合意文のまとめ方などの参考になるだろう。
反証可能性の高い合意文は、当事者間での認識の齟齬をなくすだけではなく、伝え手の意志や決意をステークホルダーに伝えられる。
結果として、まわりの人を動かし、未来を変えていく。たかが一行、されど一行だ。
(本原稿は『1メッセージ 究極にシンプルな伝え方』を一部抜粋・加筆したものです)