「ワークライフバランスという言葉を捨てます」が多くの人に刺さった“3つの理由”とは?
「1つに絞るから、いちばん伝わる」
戦略コンサル、シリコンバレーの経営者、MBAホルダーetc、結果を出す人たちは何をやっているのか?
答えは、「伝える内容を1つに絞り込み、1メッセージで伝え、人を動かす」こと。
本連載は、プレゼン、会議、資料作成、面接、フィードバックなど、あらゆるビジネスシーンで一生役立つ「究極にシンプルな伝え方」の技術を解説するものだ。
世界最高峰のビジネススクール、INSEADでMBAを取得し、戦略コンサルのA.T.カーニーで活躍。現在は事業会社のCSO(最高戦略責任者)やCEO特別補佐を歴任しながら、大学教授という立場でも幅広く活躍する杉野幹人氏が語る。新刊『1メッセージ 究極にシンプルな伝え方』の著者でもある。

「ワークライフバランスという言葉を捨てます」が多くの人に刺さった“3つの理由”とは?Photo: Adobe Stock

「ワークライフバランスという言葉を捨てます」が多くの人に刺さった理由

 高市早苗さんが自由民主党の新総裁に選ばれた。その直後の決意表明演説での一文が話題になっている。

「私自身もワークライフバランスという言葉を捨てます」

 この1メッセージは多くの人に響いた。もちろん、ポジティブに響く人もいれば、そうじゃない人もいた。ただし、それだけ反響があるということは、いずれにせよ、多くの人に「伝わった」のは間違いがない。

 この一文は、政治的な評価や好き嫌いを一切気にせず、「人を動かす1メッセージ」という観点だけで考えると、よくできている。だから、多くの人に伝わり、刺さったのだろう。

「人を動かす1メッセージ」3つの要素

 人を動かす1メッセージには、大きく3つの要素がある。そして、今回の「私自身もワークライフバランスという言葉を捨てます」はそれらを充足していた。

人を動かす要素① 焦点化

 第一の要素は、焦点化だ。

 相手の論点に焦点を合わせて答えているかだ。今回、多くの人が反応しているのは、多くの人が抱えていた論点に答えていたからだろう。

 おそらく、あの決意表明を聞いている一般の人たちの論点は「この人は、自分たちのために本当に頑張ってくれるのかだろうか?」だったということだ。

 こうして聞いている人たちが「この人は、自分たちのために本当に頑張ってくれるのかだろうか?」という論点を抱いているところに、「私自身もワークライフバランスという言葉を捨てます」と答えたので、まず「少なくとも、この人は自分たちのために頑張ろうとはしている」と焦点が合ったのだろう。

人を動かす要素② 先鋭化

 第二の要素は、先鋭化だ。

 相手の論点に答えるにしても、それが尖った答えになっているかだ。尖った答えとは、当たり前の答えではなく、否定に開かれた答えのことだ。

 今回の「私自身もワークライフバランスという言葉を捨てます」は、その後に賛否の議論が起きるように、当たり前ではない。

 仕事では質もだが量も大事だと肯定する意見もあるだろうし、働き過ぎはよくないという否定する議論もできるだろうし、いずれにせよ働き方は個人の自由だという考え方もある。

 しかし、そのように意見が分かれ、否定的な議論も起きることだからこそ、それでも敢えてその方針を選んだのだと、本人がそれを選んだことでの意志や決意が伝わる。

 コンサルの言葉では「スタンス」がとれているというが、尖った否定に開かれた答えは、相手に意志や決意が伝わりやすいのだ。

 このため、短い文章だが予定調和的ではなく、その内容を好きか嫌いか、賛成か反対かは受け止める人それぞれだが、いずれにせよ、メッセージに意志が感じられ、受け止める方は真剣に考えさせられるのである。

人を動かす要素③ 結晶化

 第三の要素は、結晶化だ。

 相手の論点に焦点を合わせて答える、それも尖った答えを伝える、そんなときに、最後にその答えを生々しい言葉に磨き上げることだ。

 そのためには、抽象的な言葉を避けて具体的な言葉にし、そして、相手が普段使うわかりやすい言葉を使った方がよい。

 この「私自身もワークライフバランスという言葉を捨てます」というメッセージを一番生々しくしているのは「私自身」という主体を具体で言葉にしたところだろう。

 その私自身とは目の前に映っている人なので、生々しいのだ。この「私自身」という言葉がなくても行間を読めば意味は伝わるのだが、短い一文で刺さるように伝えるのであればこの「私自身」という言葉はあった方がプラスだ。

 そして、「ワークライフバランス」という政治家はあまり使わないが、聞き手であり、この場での相手である一般社会人がよく使う言葉を使って伝えている。

 このため、なにか受け止める側で言葉の翻訳作業が必要なく、直感的に自然と一瞬で理解できる。

 よくある政治家のよくない1メッセージは、このような場面でことわざや故事成語を持ち出すものだ。たとえば、この場合であれば「私自身も勇往邁進していきます」などと言うもの。知識があるのはわかるが、相手を無駄に考えさせてしまったり、相手に伝わらなかったりしてしまう。相手に伝わらないことを伝えたところで、カッコつけにしか思われないので、人を動かすことはない。

 今回の「私自身もワークライフバランスという言葉を捨てます」はそのようなよくない1メッセージとは真逆にある。

「人を動かす1メッセージ」は焦点化、先鋭化、結晶化がされているものだが、今回の「私自身もワークライフバランスという言葉を捨てます」はその3つを充足している。

 あえて言えば、「ワークライフバランス」という言葉よりも、もっと定義が揃う言葉を使うと、より先鋭化できるかもしれない。

 ワークライフバランスは、人によって解釈にブレがある。もともとは、表面的にはワークとライフのバランスを自分に合うようにとるという意味だが、人によっては、ワークの比重を下げるという意味で捉える人もいる。また、ワークがライフの一部であれば、全てがワークでもバランスがとれる人もいて、人によってまちまちになる。

 このため、誤解を招いたり、解釈に迷ったりしてしまって、伝わりにくい部分がゼロとは言えず、ここにもっとメッセージが刺さるようにできる余地はある。

 ただし、それくらいであり、この「私自身もワークライフバランスという言葉を捨てます」は、ほぼほぼ「人を動かす1メッセージ」の要素を充足している。

 なお、今回の「私自身もワークライフバランスという言葉を捨てます」の分析は、「人を動かす1メッセージ」の3つの要素からのものであり、好き嫌いや、政治的や政策的な良し悪しを評価するものではないことを、改めて付記しておく。

1メッセージは、未来を変える

 1メッセージは、大事な場面での一瞬での伝え方として最強だ。

 シンプルだが、相手に伝わりやすい。結果として、人を動かし、人が動くから未来を変えたりもする。しかし、そのためにも、その一文の細部まで拘った方がよい。繰り返すが、それ次第で、未来が変わるからだ。

 たかが1メッセージ、されど1メッセージだ。

(本原稿は『1メッセージ 究極にシンプルな伝え方』を一部抜粋・大幅加筆したものです)