人類の歴史は、地球規模の支配を築いた壮大な成功の物語のようにも見える。しかし、その成功の裏で、ホモ・サピエンスはずっと「借りものの時間」を生きてきた。何千年も続いた栄光は、今や終わりが近づいている。なぜそうなったのか? 『ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史』は、人類の繁栄の歴史を振り返りながら、絶滅の可能性、その理由と運命を避けるための希望についても語っている。竹内薫氏(サイエンス作家)「深刻なテーマを扱っているにもかかわらず、著者の筆致がユーモアとウィットに富んでおり、痛快な読後感になっている。魔法のような一冊だ」など、日本と世界の第一人者から推薦されている。本稿では、作家の橘玲氏に本書の魅力を寄稿いただいた(ダイヤモンド社書籍編集局)。

【人類の繁栄と絶滅の謎】「ある種が生態系の頂点に達し、競争相手を排除すると、“決してあきらめることのない冷酷な相手”との長い戦いが始まる」→最終的には敗北することが運命づけられている「敵」の正体画像はイメージです Photo: Adobe Stock

6600万年前、恐竜絶滅の謎

 ヘンリー・ジーはケンブリッジ大学で博士号を取得した古生物学と進化生物学の専門家だが研究者ではなく、科学雑誌ネイチャーのエディターや科学番組の制作など専門知識を活かした仕事をしてきた。前作『超圧縮 地球生物全史』は王立協会科学図書賞を受賞し、サイエンスライターとしても高く評価されている。

「超圧縮」というのは卓抜な邦題で(原題は“A (Very)Short History of Life on Earth”)、およそ46億年前に地球が生まれてから38億年前の生命誕生、そしてホモ・サピエンスの未来までが(日本版で)300ページに“圧縮”されていた。

『人類帝国衰亡史』(原題は“The Decline and Fall of the Human Empire”)はその続編で、前作では最終章(未来の歴史)でわずかに触れられていたホモ・サピエンス絶滅がテーマだ。

 とはいえ生命は、その長大な歴史のなかで繰り返し絶滅を体験してきた。もっともよく知られているのは約6600万年前の恐竜の絶滅で、この謎についてはさまざまな説が唱えられた。

 そのなかで個人的にもっとも気に入ったのが「(恐竜は)1億6000万年ものあいだ、地球の支配者として君臨し続けたが、もはや征服すべき新天地もなくなり、退屈しすぎて死んでしまった」という〈古代世界倦怠症〉説だ(これはジョークではなく、れっきとした専門用語だという)。

生命史上最大の絶滅

 あまり知られてはいないものの、生命史上最大の絶滅は約25億年前に有毒化学物質が大気中にあふれたことで引き起こされた。当時、陸地はほとんどなく、海は誕生したばかりの生命に覆われていた。

 この生命は最古のバクテリアで、太陽光のエネルギーを使って化学反応を起こし、二酸化炭素と水から糖やデンプンなどの有機物をつくり出した。これが光合成だが、そのときに遊離酸素が放出される。

 酸素は触れたものを「燃やしてしまう」(酸化して変質させてしまう)性質をもつ「宇宙でもっとも危険な物質の一つ」で、遊離酸素のない海や大気のなかで進化してきた生命にとっては致命的な環境の激変を意味した。

 地球上の海を覆いつくした原核生物シアノバクテリアは、光合成によって自ら毒物を生み出し、絶滅寸前に追い込まれてしまった。これは「大酸化イベント」と呼ばれるが、その死屍累々のなかから、いまや大気中に豊富にある酸素を取り込んでエネルギーをつくりだし、二酸化炭素を排出する生き物が生まれたのだ。

『平家物語』のような世界観

 地質学の記録から数々の絶滅を観察してきた古生物学者にとって、人類(ホモ・サピエンス)の絶滅も、そんなエピソードのひとつにすぎない。

 一時的に繁栄した者たちもいずれは滅びるという『平家物語』のような世界観が「種の老衰(種族衰退説)」で、かつては学会の主流だったが、恐竜の絶滅の原因が倦怠感ではなく隕石の衝突であることが明らかになると、こうした「直線進化」の考え方は廃れた。ところが近年になって、一部の古生物学者がこれをよみがえらせた。

 それによると、ある種が生態系の頂点に達し、あらゆる競争相手を排除してしまうと、「決してあきらめることのない冷酷な相手」との長い戦いが始まり、最終的には敗北することが運命づけられている。

 その敵というのは「地球そのもの」で、光合成する最古の生命が大酸化イベントで大量絶滅したように、人類も自らが生み出した文明の重さによってやがて滅び去るのだ。

種としての多様性を失った人類

 ジーによれば、人類の運命は5万年前にアフリカを出てユーラシアやオセアニアへと拡散していったときにすでに決まっていた。この「出アフリカ」とともに、マンモスのような大型動物だけでなく、中型犬より大きな動物のほとんどが絶滅した。

 それと同時に、先住者としてユーラシア大陸で暮らしていたネアンデルタール人(ヨーロッパや中央アジア、北アジア)、デニソワ人(アジアの中央から東部にかけて、チベット高原の高地に適応)のような近縁種だけでなく、より古い種であるホモ・エレクトス(フィリピンのホモ・ルゾネシスや、「ホビット」とも呼ばれるフローレス島のホモ・フロシエンシス)もみな絶滅してしまった。

 ジーは「ジェノサイド」という言葉を慎重に避けているが、この大量死にわたしたちの祖先がかかわっていることは間違いない。

 競争相手をすべて滅ぼしてしまったことで、人類は種としての多様性を失ってしまった。古代DNAの解析によれば、そもそも人類は、およそ93万年前から10万年以上にわたって絶滅寸前の状態にあり、「地球上すべての繁殖可能な人類を合わせても、その数は常に1280人を超えることがなかった」とされる。

残酷な運命から逃れるための希望

 多様性が失われると種は停滞し、外からの環境変化(地球温暖化)や、内側からの要因(不妊と少子化)に左右されやすくなる。ローマ帝国のもっとも輝かしい時代にすでに滅亡の影が差していたように、繁栄の頂点にある人類も衰退へと向かっていく運命から逃れることはできないのだ。

 こうしてジーは、人類がなぜ絶滅するのかの理由をたんたんと語っていく。だが本書は暗澹とした絶望の書ではない。

 最後にはちゃんと、この残酷な運命から逃れるための希望が提示される。それがどのようなものかは、ぜひ自分で確認してほしい。

橘 玲(たちばな・あきら)
作家
2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)、『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』『橘玲の中国私論』(以上ダイヤモンド社)『「言ってはいけない? --残酷すぎる真実』(新潮新書)などがある。最新刊は、『シンプルで合理的な人生設計』(ダイヤモンド社)。メルマガ『世の中の仕組みと人生のデザイン』配信など精力的に活動の場を広げている。

(本原稿は、ヘンリー・ジー著ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史〈竹内薫訳〉に関連した書き下ろしです)