定年後、豊かな暮らしをするにはどうしたらいいのか。物価の上昇や年金支給額の実質的な目減り傾向もあり、定年後のお金に不安を持つ人は多い。そんな中、「定年後も働く」という選択を視野に入れる人も増えている。65歳以降も無理なく働ける仕事について知っておくことは、これからの人生設計における選択肢を広げるヒントにもなるだろう。本記事では『月10万円稼いで豊かに暮らす 定年後の仕事図鑑』の著者・坂本貴志氏にインタビューを実施。定年後の仕事におけるストレスの実態について聞いた。(取材・構成/小川晶子、ダイヤモンド社書籍編集局)
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定年後の仕事はストレスが少ない傾向
――高齢期も働く人が増えていますが、あまりストレスの多い仕事には就きたくないという人は多いと思います。定年後の仕事は、全体的にストレスが少ない傾向にあるそうですが、それはなぜですか?
坂本貴志氏(以下、坂本):おっしゃる通り、高齢期の就業者は現役世代ほどストレスを感じていないことがデータからわかっています。現役世代は自身の能力に対して仕事の負荷が重すぎると感じる傾向があるのに対し、定年後は仕事における過度な負荷から解放されるからです。働く時間も短めで、仕事の難易度や量、責任もさほど大きくないので、無理なく働いている方が多いですね。
――現役世代は働く時間が長く、仕事の難易度も高く、責任も大きいですもんね。それから解放されるわけか……。
定年後の仕事でストレス高めの職種とは
――定年後の仕事の中で比較的ストレスが高い職種は何ですか?
坂本:私たちの調査した職種の中で最もストレスが高かったのは「事務」の仕事でした。
――なぜストレスが高いのでしょうか?
坂本:ストレスの要因として、仕事の難しさや複雑な人間関係の多さが考えられます。事務の仕事は「頭を使う」割合や「ほかの人と一緒に行う」割合が高いというタスク特性があります。
また、事務の仕事はフルタイムに近い働き方をする傾向があり、週に35~42時間働く人が36.1%と最も多いです。収入水準も平均年収237.9万円と高く、年収500万円以上の人も9.9%存在しますが、高収入を維持するには相応の負荷が伴うと言えます。
――現役世代とあまり変わらない働き方になるんですね。
坂本:そうですね。勤務先の人事制度によりますが、事務として長く働くことができる環境で、現役からのスキルを引き続き活かしていきたい人にとっては良いと思います。ただ、同じ仕事をずっと続けられる人は割合としては少ないです。
最新のデジタルツールへの対応など、高齢になると新しい知識へのキャッチアップが難しくなる側面もストレスにつながる可能性があります。今後はAIの発達によって事務職の需要が減っていくと考えられている点も無視できません。
――事務職に次いでストレスが高い職種は何ですか?
坂本:事務に次いでストレスが高いのは「営業」です。営業職は、働く場所や時間の自由度が高いのですが、「頭を使う割合」「ストレス」がいずれも高いというデータが出ています。ストレスの要因は、成果・ノルマへのプレッシャーがあるためです。アンケート調査でも、仕事の悪い面として「常にノルマとの戦い」など、ストレスやプレッシャーを挙げる人が非常に多かったんです。
営業職は平均年収373万円で、『定年後の仕事図鑑』で取り上げる職種の中でダントツに収入が高いですが、相応に大変さがありますね。また、現役の頃からの経験を活かして仕事をする側面が強く、定年後に始めるのはハードルが高いです。
ストレスが少ない仕事の例
――一方で、ストレスが少ない仕事にはどのようなものがあるでしょうか?
坂本:ストレスが少ない仕事の例として、いくつか挙げてみましょう。
まず、「警備員」の仕事は一定の体力や労働時間は必要ですが、仕事の負荷が少なく、職場で精神的な不調をきたした人も他の職種に比べて少ないです。アンケート調査でも「ストレスのある仕事ではない」「人間関係の煩わしさがない」というコメントが多く見られました。ただし、配属される現場によって仕事の質や量に差があり、場所によっては危険や緊張感があるため、就職先がどのような現場を取り扱っているか事前に確認することが重要です。
「調理」の仕事も、仕事の自由度が高く、勤務日や勤務時間を選びやすいことから、仕事の負荷やストレスが総じて低いという特徴があります。調理師を対象とした調査では、仕事の良い点として「自分の作った料理を美味しいと食べてもらえることが嬉しい」というコメントが多く見られました。
また「清掃員」もストレスは低めです。限られた時間内でやるべき作業が多く、仕事の密度は高いようですが、労働時間が短く、「清掃してきれいになるのは気持ちいい」「身体を動かすので健康によい」という意見が多かったです。
――定年後の仕事を選ぶ際には、収入面や過去の経験を活かせるかというだけでなく、ストレスや負荷の程度も考慮する必要がありますね。
坂本:その通りです。定年後は、現役時代の「達成・出世」といった価値観から、「貢献・健康」を大事にする価値観へとシフトしていきます。無理なく健康を維持し、社会とつながりながら働くために、報酬だけでなくストレスや負荷のバランスを考慮した「小さな仕事」を選ぶことが、豊かな老後の戦略となります。ご自身の気力や体力、そして仕事に対する新しい価値観と照らし合わせて、後悔のない選択をしてほしいと思います。
(※この記事は『定年後の仕事図鑑』を元にした書き下ろしです)
リクルートワークス研究所研究員・アナリスト
1985年生まれ。一橋大学国際・公共政策大学院公共経済専攻修了。厚生労働省にて社会保障制度の企画立案業務などに従事した後、内閣府で官庁エコノミストとして「経済財政白書」の執筆などを担当。その後三菱総合研究所エコノミストを経て、現職。研究領域はマクロ経済分析、労働経済、財政・社会保障。近年は高齢期の就労、賃金の動向などの研究テーマに取り組んでいる。著書に『月10万円稼いで豊かに暮らす 定年後の仕事図鑑』のほか、『ほんとうの定年後「小さな仕事」が日本社会を救う』『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』(共に、講談社現代新書)などがある。




