ダーウィンの『種の起源』は「地動説」と並び人類に知的革命を起こした名著である。しかし、かなり読みにくいため、読み通せる人は数少ない。短時間で読めて、現在からみて正しい・正しくないがわかり、最新の進化学の知見も楽しく解説しながら、『種の起源』が理解できるようになる画期的な本『『種の起源』を読んだふりができる本』が発刊された。本記事では、著者であり、生物学の専門家である更科功氏にインタビューを実施。ダーウィンの進化論が世界に与えた衝撃について伺った。(取材・構成:小川晶子)。

ダーウィンが進化論を発見したというのは間違い!→「進化」にまつわる誤解と驚きの真実画像はイメージです Photo: Adobe Stock

そもそも「進化」とは何か

――私たちは普段、「進化」という言葉を「成長」と同じような意味で使うこともありますが、そもそも「進化」とは何なのでしょうか?

更科功氏(以下、更科):生物学における「進化」とは、世代を超えて変化することです。ですから一人の人間が変化することを進化とは言いません。

 ポケモンは一体が「進化」していきますが、厳密に言えば「成長」もしくは「変態」ですね。昆虫が幼虫から成虫になるときに姿が大きく変わることは「変態」と言います。

 もちろん、ポケモンはエンターテインメント作品なので何も問題ないんですけど。

――世代を超えて「変化すること」を言うのであって、それ自体に良い・悪いはない、という理解でいいのでしょうか。

更科:そうです。単純に自然現象です。たとえば噴火活動があって地面が隆起し、昭和新山ができたということには良いも悪いもないですよね。

 それと同じで、生物が寒い地域に行って毛皮が厚くなるのも、熱い地域に行って毛皮が薄くなるのも、どっちがいいということはありません。

 それに対して「進歩している」とか「衰えている」と言うのは、人間の価値観の問題です。

ダーウィン以前の進化論は、進化を進歩だと捉えていた

――ダーウィンは『種の起源』で現代につながる進化論を提示しましたが、それまでの進化についての考え方はどうだったのでしょうか?

更科:生物が世代を超えて変化するということだけであれば、古代ギリシャからすでに考えられていました。ダーウィンの進化論で重要な主張である「自然淘汰」についても、アリストテレスの著作にそれらしき記述が出てくるんですよ。

「ものをうまく食べられる歯を持った生物が生き残っていくだろう」といった内容です。それを読んで自然淘汰そのものだなと思った記憶があります。

 ですから広い意味での進化は昔から言われていました。ただ、ほとんどの人は進化を進歩だと捉えていたんです。周囲の物理的環境や生物がどうあれ、生物には進歩していく力が備わっていると考えられていました。

 チャールズ・ダーウィンの祖父、エラズマス・ダーウィンも進化論を唱えていましたが、ダーウィンは『種の起源』を書くにあたって祖父の進化論をまったく参考にしていないと思います。

『種の起源』が与えた衝撃

――ダーウィンの進化論が特別だったのはなぜですか?

更科神様が一つひとつすべての種を創ったという「個別創造説」を、「進化によって種が分かれていく」という新しい考えに置き換えたのがすごかったんです。

 ダーウィンは、最初の生物を神様が創ったことは否定していませんが、その後に種が進化して、さまざまな種に分かれていったと考えていました。

――「個別創造説」の否定は、当時大きな衝撃だったのでしょうか。

更科:ダーウィンが生きていた19世紀のイギリスでは、知識人ならみんな生物が進化するというアイデアは知っていました。認めない人もいましたが、「生物が進化する」と聞いて驚く人はいなかったわけです。

 当時の人たちが驚いたのは、『種の起源』に書かれている進化の考え方で世界を見てみると、個別創造説で見るよりも世界が簡単に理解できることです。

 たとえば、ヒトの手や腕とコウモリの翼の間に共通性があるのはなぜか。個別創造説で見れば、生物の何らかの本質的な性質がもたらしたものであり、創造主の意図を示すものだと解釈されます。

 ところが、ダーウィンの進化論で見れば、共通性があるのは共通祖先に由来するからだということになる。はるかにシンプルで理解しやすいのです。

 まともに読めば、誰もが個別創造説を捨てて「進化って本当だったんだ!」と思ってしまうほどに証拠を集めていた本だったので、衝撃を与えたのです。

(本原稿は、『『種の起源』を読んだふりができる本に関連した書き下ろしです)

更科功(さらしな・いさお)
1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。民間企業を経て大学に戻り、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。専門は分子古生物学。武蔵野美術大学教授。『化石の分子生物学 生命進化の謎を解く』(講談社現代新書)で、第29回講談社科学出版賞を受賞。著書に、『爆発的進化論』(新潮新書)、『絶滅の人類史―なぜ「私たち」が生き延びたのか』(NHK出版新書)、『若い読者に贈る美しい生物学講義』(ダイヤモンド社)などがある。