鼠を捕りたいと思ったら猫の方から進まねばならず、鼠の方から猫に接触してきた例は聞いたことがない。ただ鼠を求めるだけではなく、トンボでもセミでも、目に入ったものは手当たり次第に飛びかかり、日頃から技量を見せておく、というのが猫の本分だろう。

 猫の爪は決して隠してはならない。獲物の大小は関係なく、もし技量を試せる機会があったら、これを決して見過ごさず、名を上げてほしい。これを「爪の小出し」と表現してもいいだろう。

草履取りの木下藤吉郎も
「智恵の小出し」で出世した

 その昔、太閤・豊臣秀吉は、木下藤吉郎と呼ばれていた頃から、少しずつ出世していった。

 あれほどの強大な智を持っていながら、初めは草履取り、次は炭薪奉行、その次は普請奉行など、少しずつその智恵を小出しにしながら、全力で仕事に取り組んだ。

 そして、やっとのことで大名にまで出世したら、大名の智恵を出し、最後に天下を掌握したときには、天下を治めるため智恵を出したのである。

 もし、当時の木下藤吉郎が、武家奉公の初めから英雄豪傑を気取っていたら、どうなったか。「草履取りは拙者の得意分野ではない」「炭薪奉行はそれがしの性格に合わない」などと、言って力んでいたら、最終的に天下も手中にすることはできなかっただろう。

 太閤畢生の大業は、「智恵の小出し」によって成し遂げられたと言えるのだ。

大きな宴会よりも
気楽なお茶会がいい

「人と交わる方法」というと、ひじょうに複雑そうだが、簡単に要約すれば、文通、面会、談話、遊戯、会食、それに品物の贈答くらいのことに過ぎない。

 では、実際の場面で、その方法をどのようにすべきかと言えば、こちらもいわゆる「智恵の小出し」と同じだ。一度にまとめて大きく交際するより、常にこまごま気を払って、怠らないようにするのが肝心である。

 遠方で暮らす友人が、1年も2年も音信不通だと、思いがけずなにか伝えたくなったときや、またや用件が出てきたときに、いきなり手紙を送って長々と多くの言葉を並べてしまう。だが、こういう行為で急に友情が湧き上がるものではない。