なぜ人は、あえて「高いと一目でわかるもの」を身につけたがるのか。全身高級ブランド服、高級時計、高級車――それらは本当に、豊かさや幸せの証なのだろうか。世界的ベストセラー『アート・オブ・スペンディングマネー 1度きりの人生で「お金」をどう使うべきか?』には、その問いを根底から揺さぶる「数百万円の椅子」をめぐる、ある富裕層のエピソードが紹介されている。なぜ彼らはわかりやすい高級品を買い求めるのか?(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

全身高級ブランドの人が案外気の毒なワケPhoto: Adobe Stock

「数百万の椅子」を買った金持ちの話

街を歩いていると、胸や背中に大きな高級ブランドロゴの入った服を身にまとった人を見かけることがある。高級時計、高級車、そして一目で値段がわかる服――私たちはつい、そうした装いを「金持ちらしさ」だと受け取ってしまう。

だが、彼らは案外気の毒なのかもしれない。『アート・オブ・スペンディングマネー』には、こんなエピソードが紹介されている。

著者は学生時代、ロサンゼルスの五つ星ホテルでボーイとして働いていた。ある日、地域の富裕層向けに高級家具の展示会が開かれる。招待客の男性が、預けていた車を受け取りに来る途中、同行者にこう語った。

「2万1000ドルのアームチェアを買ったよ」

椅子ひとつに数百万円。その金額に驚く著者たちを見て、男性はこう続ける。

「たしかにイカれてる。でもね、お金を持った人間というのは、こういう買い物をすることになっているんだ」

著者が引っかかったのは、「気に入ったから買った」ではなく、「することになっている」と言い切った点だった。

それは本当に欲しい物だったのか。それとも、“金持ちならこう振る舞うべきだ”という社会的な脚本をなぞっていただけなのか。

著者はそのとき、自らにこう問いかけたという。

「何十年も働くのは、平均年収の半分もする悪趣味な椅子を自慢するためなのか? それで、本当に幸せになれるのだろうか?」

最後に残ったのは、驚きではなく、どこか気の毒に思う感情だったという。

金持ちアピールをする人ほど、コンプレックスを抱えている?

なぜ人は、金を持つと「わかりやすい高級さ」を身にまとうのか。答えは単純だ。それは「自分はもう貧しくない」と証明し、かつての自分と距離を取るための行為でもある。

『アート・オブ・スペンディングマネー』には、こんな一文がある。

貧しかったときに惨めな思いをしていればいるほど、裕福になったときに富を見せびらかすようになる。

たしかに、投資や事業で一発当てた人ほど、そうした振る舞いが目立つ。かつてお金に苦労していた人ほど、自分が金を持ったことを誇示したくなるのかもしれない。

しかし皮肉なことに、『アート・オブ・スペンディングマネー』では、「どう見られるか」のために使うお金は、一瞬の満足はくれるが、長くは続かない、とも伝えている。

他人の視線を基準にした消費は、安心をもたらすようでいて、結局は不安を手放せないままだ。

では、どうお金を使えば幸せになれるのか?

それは、「他人基準」ではなく「自分基準」でお金を使うことだ。自分にとって本当に幸せになるお金の使い方とは何か――そう問いかけながらお金の使い道を考えることこそ、収入の多寡にかかわらず、深い満足につながるのだろう。

(本原稿は、『アート・オブ・スペンディングマネー 1度きりの人生で「お金」をどう使うべきか?』(モーガン・ハウセル著・児島修訳)に関連した書き下ろし記事です)