企業の価格転嫁行動を積極化させる為替レートの閾値

長期金利上昇と円安の同時進行、供給制約下の積極財政の課題、円安と物価上昇の悪循環に注意

 長期金利上昇と円安が同時に進行している。自民党総裁選挙直前の10月3日には長期金利が1.67%、ドル円レートが1ドル=147.4円だったが、このところ長期金利は2%程度、ドル円レートは1ドル=155円程度で推移している。

 振り返ると、長期金利の上昇は日米金利差の縮小を通じて円高圧力を強める要因だった。それが足元では、両者の関係が明確に変化している。このコナンドラム(謎)の背景には、供給制約という日本経済が抱える構造的課題がある。

 供給制約に直面している経済で需要が喚起されても、供給を増やすことができないため、生産量(国内総生産〈GDP〉)は増加しない一方、物価は大幅に上昇する。高市政権が掲げる「責任ある積極財政」が供給制約下で実施されることで、将来の物価上昇が強く意識されたとみられる。これに加え、拡張財政に伴う国債供給の増加が長期金利の上昇を招いたと同時に、先行きの利上げ余地の小ささが円安に拍車を掛けたとみられる。

 円安が急速に進んだ場合、企業は投入コストの大幅な増加に直面するため、過去よりも積極的に販売価格を引き上げる傾向にある。筆者の試算では、1ドル=165円を超えると、価格転嫁行動の積極化を通じて円安による物価の押し上げ効果は大きくなる。

 政府が経済対策に巨額の物価高対策を盛り込んだことを踏まえれば、今後も円安が進行した場合にさらなる物価高対策を講じる可能性がある。これが一段の円安を招き、物価上昇との悪循環を生む。

 この悪循環を回避するには、需要喚起策を避ける必要がある。例えば、物価高対策は生活困窮者支援の側面から必要でも、景気対策としての必要性は小さい。対象を絞ることで歳出を減らせば、悪循環に陥るリスクを抑えつつ、国債の発行減を通じて需給面から長期金利の上昇も抑えられる。

 長期金利上昇と円安の進行を抑制することが「責任ある積極財政」を効果的に進める上で重要となる。そのためには、供給制約に直面している現状を直視し、供給力強化に資する政策に重点を置くことが政府には求められる。

(大和総研シニアエコノミスト 久後翔太郎)