経済三団体共催2026新年祝賀パーティーで挨拶する高市早苗首相経済三団体共催2026新年祝賀パーティーで挨拶する高市早苗首相=1月6日、東京都千代田区 Photo:SANKEI

AIの「2026年問題」とは何か?
データの追加困難で性能向上はそろそろ限界?

 AI(人工知能)の進歩がめざましい。新聞の見出しには、AIという言葉が毎日いくつも登場する。

「強い経済」実現を掲げる高市政権も、成長戦略の中核の「危機的投資・成長投資」で重点17分野のトップに「AI・半導体」を置いている。生成AIを経済活動に取り入れることによって、日本経済の生産性停滞を打破し、成長軌道を回復させるという構想だ。

 しかし、この構想には極めて重大な誤解が潜んでいる。それはAIの進歩を自動的なものとして扱っている点だ。そして、「新しい技術を導入しさえすれば、経済の効率性が自動的に上昇する」と考えていることだ。

 ところが近年、「2026年問題」と呼ばれる議論が注目されている。

 これは、生成AIが26年末あたりまでに、学習可能な高品質データ――書籍、論文、報道記事、体系的に整理されたウェブ情報など――をほぼ使い尽くし、その結果、これまでのような急激な性能向上は鈍化するのではないか、という見方だ。

 もちろん、インターネット上のデータが完全に枯渇するわけではないが、生成AIの性能をこれまで飛躍的に押し上げてきたデータの追加が困難になることは間違いない。これまでの生成AIの進歩は、モデルの巨大化、データ量の拡大、そして計算資源の大量投入に大きく依存してきた。しかし、その延長線上の成長は永続しないと指摘しているのが、「2026年問題」論だ。

 ところで重要なのは、これは生成AIの終焉を意味するものではないということだ。そうではなく、「AIがほぼ自動的に賢くなり続ける時代」が終わりになると指摘しているのだ。

 日本経済はこれまでもIT導入などでも、経済の生産性を上げられないという失敗をしてきた。結局、このままでは「2026年問題」の後にも、日本の政策やその実施で抱える根本的な欠陥を改めて認識せざるを得ないことになりそうだ。