――いろいろなご縁を大切にされながら、キャリアをひらいていかれたのですね。

 大学院修士課程では、その企業の方と共同で「ロコピョン」を開発しました。モーターで動く卓上型ロボットで、独居で暮らす高齢者が自宅でスクワットを一緒にできるように設計しています。1日3回、決まった時間にお年寄りがそばに来るまでロコピョンは呼び続けます。高齢者は「面倒くさい」とか「疲れた」と言ってスクワットをやりたがらないので、強制的にやってもらう仕組みです(笑)。

 何回スクワットをするかは本人に決めてもらい、スクワットを終えると「お疲れさまでした。今日も元気に過ごしましょう」などとロコピョンが声を掛け、遠く離れたご家族など任意のアドレスに「今日は●回やりました」とお知らせメールを送ります。ロコモ対策と見守り機能を兼ねているのが特徴です。

――高齢者ユーザーの反応はいかがでしたか。

 最初は合成音声を使っていたのですが、心に響かない感じでした。そこで、私が全てのセリフのパターンを吹き込んで改良しました。

 論文を書くためにデータを取る必要があり、あるご家庭にロコピョンを貸し出したことがあります。お母さんは積極的に協力してくださったのですが、お父さんは「こんなのやりたくない」と最初は嫌がっていたそうです。ところが2カ月後に引き取りに行ったら、お母さんが「お父さんはこの子とスクワットするのが楽しみで、呼ばれる前からロコピョンのそばに行っていたのよ」とおっしゃるのです。「この子がいなくなったらスクワットできなくなるなあ」と残念がってくださって、心の交流ができたのかなとうれしく思いました。

 ただ、私が所属していたロボット工学研究室では博士課程がなかったため、予防医学の関連で、生命科学領域での抗老化についての研究に転向しました。

寝たきりの父の姿を見て
健康寿命延伸への思いが強まった

――個別具体的なテーマは変わっても、一貫して、健康寿命や介護といった領域での関心に支えられて研究を続けていらっしゃるのですね。

 人がいかに健康で長生きできるかということが社会課題として、非常に重要だと思っています。「人間が健康で幸せに暮らす方法」をずっと探っているのかもしれません。

――研究対象として、介護や予防医学、健康寿命について関心を持ってこられたわけですが、ご自身の私生活では、ご両親の看護と介護に直面されます。まず、お父様の看病についてお聞かせください。

 13年ごろ、父ががんに罹患しました。父は離れたところに住んでいたのですが、入院したため、そこに通って病院の方と連携を取りながらの看病が始まりました。私が45歳で大学に入学して3年目の頃でした。

 父は徐々に歩けなくなっていきました。ある日、トイレに行きたいと言うので連れていこうとしたのですが、寝たきりになると筋力がなくなり、自分の体を起こすこともできないのです。私一人ではとても起こすことさえできませんでした。看護師さんと2人がかりで車椅子に乗せて、トイレに連れて行っていただきました。

 そのとき、父がどんな状態で過ごしているのだろうと思って、父が寝ていたベッドにごろんと横になってみたのです。見えるのは無機質な天井だけ。自分で起き上がることもできないから周りを見渡すこともできない。「ああ、こんなふうに何もできない状態で、日がな一日、横になっているだけなんて、なんて切ないんだろう」と思いました。

 ちょうどその頃、ロコモ予防について勉強していたのですが、父の姿を見て、自分の足で動けることの大切さや、スクワットを続けることの意義を痛感しました。ロボットを作ろうという気持ちが一層強くなりました。

――健康寿命の延伸への思いが強まったのですね。

 予防医学をやりたいと思っていたときは、健康寿命の延伸という意識は薄かったのです。しかし、父の姿を目の当たりにして、歩けなくなることがどういうことかを実感しました。

 日本では平均寿命と健康寿命の差が男性で約9年、女性で約12年あるといわれています。以後、いかに健康寿命を延ばしてその差を縮めるかに、強い関心を抱くようになりました。

【プロフィール】
いとうまい子
1964年愛知県生まれ。歌手、俳優、タレント、研究者、大学教授。1983年にアイドル歌手としてデビュー。2010年に早稲田大学人間科学部eスクールに入学し、2014年卒業。同大学院人間科学研究科修士課程に進学し在籍中にロコモティブシンドローム予防ロボット「ロコピョン」を開発。2016年に修士課程修了後、博士課程で基礎老化学を研究。現在は東京大学大学院理学系研究科で研究を続けながら、2025年4月から情報経営イノベーション専門職大学で教授として「ヒューニング学」を教える。

>>俳優・大学教授・研究者 いとうまい子さんインタビュー(後編)へ続く