
認知症になっても自分らしく暮らせるための製品・サービスの開発を促す経済産業省の政策「オレンジイノベーション・プロジェクト」。担当官インタビュー連載の後編では、企業との共創プロジェクト加速に向けて始まったアワードの狙いや効果、市場の潜在規模や成長性、同省がフォーカスする介護の課題と施策について聞いた。(聞き手・文/ダイヤモンド社論説委員 大坪 亮、撮影/瀧本 清)
認知症の人と企業の双方に
アワードがもたらす効果
――昨年度から「オレンジイノベーション・アワード」を始められました。どのようなものですか。
平井 認知症の人の生活課題解決や、やりたいことの実現の助けとなる製品・サービスの開発が、さまざまな業界・領域にて推進され、当事者参画型開発の認知が広がり、共生社会が実現されることを目指した「オレンジイノベーション・プロジェクト」の促進につながるような優れた取り組みを表彰するものです。
対象は、認知症の人との共創のプロセスを重視して開発されたユーザーフレンドリーな製品やサービス、また、当事者参画型開発の中で実践されている活動・取り組み自体です。
2024年度が初開催であり、応募総数は 35 件でした。最優秀賞にYKK、優秀賞に豊島とKAERU、特別賞にリンナイが選ばれました。
――オレンジイノベーション・プロジェクトのウェブサイトを見ると、YKKは「誰でも開け閉めがしやすいファスナー」、豊島は「認知症当事者にとって使いやすく、また着⽤することで気持ちが明るく豊かになる衣料品」、KAERUは「安心安全で、おつりの計算いらずでお買いものを楽しめるキャッシュレスサービス」、リンナイは「高齢者に使いやすさと安心を提供するガスコンロ」という製品・サービスで受賞されていますね。
平井 25年度は、11月11日~12月5日の期間で応募を受け付けていて、表彰式は26年2月26日に実施する予定です。「オレンジイノベーション・アワード」でネット検索してもらえると、応募方式が分かります。多くの企業の応募をお待ちしています。
――オレンジイノベーション・プロジェクトの効果をどのように考えていますか。
沼澤 本プロジェクトの普及が進むことで、認知症の人と企業が共創した製品・サービスの開発が促進されます。すると、認知症の人にとって必要なものが入手しやすくなります。
また、認知症の人が、製品やサービスの開発プロセスに参画することで、自身の意見やニーズが反映される喜びを感じることができます。これにより自己効力感が高まり、日常生活における自信を取り戻すことが期待されます。さらには、開発活動を通じて他の認知症の人や支援者等との交流が生まれ、社会参画の機会により社会的なつながりが深まります。
一方、企業にとっては経営面での多くの利点をもたらすことが分かってきました。第一に、認知症の人を含む関係者が集まる場での多様な意見の効果的な抽出が、調査・開発などのコスト削減につながります。
第二に、社内におけるプロジェクトの正当化と経営資源の獲得があります。取り組みが企業の方針に沿うものであれば上層部の承認を得やすく、必要な経営資源や新たなメンバーを獲得し、継続的に取り組みを推進することができます。また、社会的価値が分かりやすい取り組みであるため、各種メディアで取り上げられる機会を獲得でき、企業や製品、取り組みの認知度を向上させる可能性が広がります。
第三に、投資家からの評価も上がると考えられます。認知症の人や支援団体など多様な関係者との連携は、ビジネスの実現可能性の高さや社会的価値の訴求としてポジティブに評価されるのではないでしょうか。
――認知症関連ビジネスの市場規模はどれくらいとみていますか。
平井 何をもって認知症関連ビジネスというかは難しいので、対象となる人口を基に、日本総合研究所が推計したデータを参考にしています。それによると、在宅で生活する認知症およびMCIの高齢者は、25年時点で約 14兆7388億円の年間消費支出を行っていると推計されます。
今後25年先においては、認知症およびMCIは約200万人増加し、それに伴い支出額は2兆円以上も増えて50年時点で約16兆9845億円に達すると推計されます。ちなみに24年の訪日外国人旅行消費額が約8.1兆円ですので、認知症およびMCIの消費行動の経済的インパクトはとても大きなものとなります。
――このプロジェクトを通じて、認知症の人と共に開発した製品が、高齢者全般や障害者などを含めたあらゆる人にとって使い勝手が良いユニバーサルデザインの製品になるということはないでしょうか。
沼澤 現時点で、本プロジェクトでの開発・改良を行ったことにより、ユニバーサルデザインの認証を受けたという事例はありません。ただし、この取り組みにおいて目指している製品・サービスは、認知症の人を含めた誰もが使いやすい製品・サービスであるため、参画する企業にはこの点を重視して取り組んでいただくように提案しています。
――靴べらなど使わなくてもスパッと履ける靴や、かかと部分の作りこみがなくて前後左右関係なくはける靴下などは、誰にとっても便利ですね。
平井 不自由度の解決はもちろん大切ですが、経済産業省が取り組んでいる意義として、企業にとってビジネスになり、経済が活性化することを念頭に置いています。ビジネスになり、利益が出るという成功事例が増えれば、当事者参画型開発の持続的な仕組みの構築につながります。社会貢献になることと同時に、ビジネスとして成功するための後押しをしたいのです。







