収入が増えれば、幸せになれる。そう信じて働いてきた人は多いはずだ。だが現実には、稼ぐようになってからのほうが、「なぜか余裕がない」「幸福度が上がらない」と感じる人も少なくない。なぜ、収入は増えたのに、満たされないのか。その違和感を、お金の使い方のベストセラー『アート・オブ・スペンディングマネー』から読み解く。(執筆:坂本実紀、構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

こんなはずじゃなかった……「年収アップ」の意外な落とし穴Photo: Adobe Stock

「収入が上がる=幸せ」ではない現実

収入が増えれば、生活は楽になる。少なくとも、多くの人はそう信じて働いてきたはずだ。

実際、収入が低いうちは、家賃や食費、将来への不安を減らすために、お金ははっきりと生活の改善につながってくる。

ところが、ある程度の水準を超えたあたりから、「稼いでいるのに幸福度が上がらない」「以前より余裕がなくなった」という感覚を抱く人も増えていく。

それはなぜだろう。

例えば、我が家の場合、夫が仕事で半年間海外に出張したり、数年間単身赴任をしたりすると、一時的に収入は上がり、出世の道も開ける。

しかし、「幸福度」はどうかといえば、まったく上がらなかった。

家庭では育児のワンオペ状態が続き、負担は偏っていく。夫自身も、小さな子どもと過ごす時間をほとんど持てなくなった。出世するためには通らなければならない道なのかもしれないが、果たしてこれでいいのだろうかと思うこともある。

収入の増加ともに増える「社会的負債」

収入が増えることが、必ずしも幸せに直結しない――。その感覚を言語化してくれたのが、『アート・オブ・スペンディングマネー』の一節だった。

人は、資産が増え、使うお金が増えるほど、社会的負債を背負いやすくなる。ある程度の基本的な支出額を超えると、生活レベルが上がるごとに期待は高まり、社会的な義務や、他人からの評価を気にする機会も増えていく。これらは極めて現実的な負債でありながら、軽視されがちだ。
(『アート・オブ・スペンディングマネー』より)

この社会的負債こそ、収入と幸福度が比例して伸びていくわけではない大きな理由のひとつである。

社会的負債は、お金と違って目に見えにくい。

収入が増えると、周囲からの期待や役割も増え、時間や気力が少しずつ削られていく。こうした負担は、家計簿には残らないが、確実に生活に入り込んでくる。

収入が増えても、その多くが社会的負債の返済――期待に応えるための出費や時間消費――に使われていれば、幸福感は静かに下がっていくのだ。

『アート・オブ・スペンディング・マネー』が教えてくれるのは、豊かさとは「得たものの大きさ」ではなく、「失わずに済んだものの多さ」で測るべきだ、という視点なのかもしれない。

収入を増やす努力と同じくらい、それが自分の人生に何をもたらし、何を奪っているのかを問い直すこと――その先にこそ、静かだが確かな幸福がある。

(本原稿は、『アート・オブ・スペンディングマネー 1度きりの人生で「お金」をどう使うべきか?』(モーガン・ハウセル著・児島修訳)に関連した書き下ろし記事です)

坂本実紀(さかもと・みき)
WEB&ブックライター
高知県出身の3児の母。出版社勤務を経てフリーライターへ転身し、現在は新潟市を拠点に地域情報メディアのライティングやブックライティングに携わる。恋愛コラムニストとしても活動。