国際比較調査で自己肯定感の
得点が低くても、何の問題もない
欧米の若者は8割~9割が自己肯定感が高いのに、日本の若者で自己肯定感が高い者は5割もいないのは問題だとされ、何としても自己肯定感を高める必要があると言われる。
だが、そのようなデータは、単に文化の違いを反映しているに過ぎない。「自分に満足している」と答え、自己肯定感得点が高くなる欧米の若者には「謙虚さや思いやり」を身につけるようにといった文化的圧力はかかっていない。謙虚に振る舞ったり、他者に対して思いやりをもったりする必要はなく、「自信をもて」「自己主張ができるように」といった文化的圧力がかかっている。
自分を押し出さないといけない欧米社会を生き抜いていくには、たいしたことがなくても「自分はすごい」「自分はできる」と虚勢を張ってでも自信たっぷりに振る舞い、他者への配慮よりも自己主張することが求められる。
一方、謙虚さや思いやりを重視する日本社会では、力があっても「自分は大したことない」「自分はまだまだだ」と謙虚さをもって努力する姿勢を示すとともに、他者の気持ちや立場に配慮するよう求められる。
どちらが望ましいのかといったことではなく、それぞれの文化的伝統の違いに過ぎない。日本社会を生きていくのに望ましい性質と欧米社会を生きていくのに望ましい性質が異なるというだけのことだ。
見当違いな教育政策やメディアの発信が
若者の生きづらさを生んでいる
榎本博明 著『自己肯定感は高くないとダメなのか』(筑摩書房)
こうした文化差を考慮すれば、自己肯定感得点に文化差があるのは当然と言える。そうした得点の低さは、むしろ望ましい心理状態にある証拠と言ってよいのではないか。それにもかかわらず、日本の若者の自己肯定感が低いのは好ましくない、何とかして自己肯定感を高めないといけないと騒ぐ方がおかしい。
日本の社会を生きていくのに、欧米人のように、他者の気持ちや立場に配慮することなく遠慮なしに自分を押し出し、自信たっぷりに強烈な自己主張をしていたら、鼻持ちならない自己中心的な人物とみなされ、かなり生きづらくなるのではないか。
それは、意識するかどうかは人によるが、日本の社会で生まれ育ってきたなら、だれもがどこかで感じ取っているはずだ。だから他者の気持ちや立場を思いやらずに自己主張することなどできないし、今の自分に満足だなどという謙虚さに欠けた態度は取りにくい。
それがまるで好ましくないかのように、「自信を持て」「自己主張しろ」「自分に満足と言え」などといった圧力が加えられる。そこで、多くの若者は、自分は自己肯定感が低いからダメなのだと思い込まされ、生きづらさに悩むことになる。
実際、自己肯定感が低いことによる生きづらさの声を聞くことがあるが、その生きづらさはほんとうに自己肯定感の低さから来ているのだろうか。じつは、その生きづらさはメディアがもたらしているのではないか。今の若者を苦しめる生きづらさには、このような見当違いな教育政策やメディアがもたらしている面もあるのではないだろうか。







