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大人の日々は「選択」の連続です。ピンチをチャンスに変えるには、どうすればいいのか。高い評価や人望や信頼をたくさん得られるのは、どっちの選択肢か。微妙な状況への立ち向かい方を通じて、より大きな幸せをつかめるトクな道を探りましょう。
※「お悩み」は編集部で作成した架空のモデルケースです。
今回の「お悩み」
実家の父親が入院した。自分は一人っ子で、母親は数年前に亡くなっている。幸いすぐに退院できそうだが、これまでのように独り暮らしをするのは難しそうだ。
とり急ぎ、妻とお見舞いに行ったところ、親戚が集まって話し合いの場が持たれた。叔父や叔母たちは口々に「こういうときは嫁が面倒見るのが常識だ」と言ってくる。
しかし、妻は仕事を持っているし高校生の子どももいる。そうじゃなくても時代錯誤で理不尽な無理難題である。
親戚に対して自分が断わるのがいいか、妻が断わったほうがいいか、さてどっち?
選択のポイント
かなり極端なケースかもしれませんが、地域差や年代差から生じる「常識」の違いに戸惑う場面は少なくありません。こちらにとっては「とんでもない発言」でも、向こうは「相手のためを思って言っている」「自分が正しい」と信じているのが、なんとも厄介です。
もちろん父親を心配する気持ちはあるし、父親が安全に暮らせるように手を打つ必要はあるでしょう。公的な介護制度などをどう活用するかはまた考えるとして、今必要なのは、無理難題に対して毅然と「NO」の意思を示すことです。雰囲気に流されて「まあ、できる範囲で……」などとあいまいな態度を取っている場合ではありません。
客観的に見ると、「それはできない」と告げるのは、明らかに息子である自分の役割です。
しかし、人間は弱くてズルい生き物なので、とっさに頭の中で「大変な思いをする妻が断わったほうが……」「自分が言うより妻が言ったほうが角が立たないのでは……」といった言い訳を思い浮かべて、妻が口を開くのを待ってしまう可能性が無きにしもあらず。
ここで自分が前面に出なかったら、妻の信頼を瞬時に失い、修復できない亀裂が入ってしまうでしょう。
親や親戚が「子どもはまだか」「2人目はまだか」と、妻を責め始めるといった場面でも同様です。「言いづらいから」「怖いから」と自分を甘やかして、言うべき場面で尻込みしてしまうのは絶対に禁物。やがて必ず大きな代償を払うことになります。








