目的地は「死」なのだから
鈍行列車でゆっくり行こう
数値目標を達成したとしても、目の前に現れるのは、ただ次の数値目標だけだった。数値目標というのは、虚しいものだ……。
やらなければならないことがたくさんあると思っていたが、じつは本当にやらなければならないことは少なかった。
それが私の人生前半のことである。
もちろん、それに意味がなかったとは思えない。人生を振り返れば、それはそれで意味のあることだと思いたい。
しかし、私はどこに向かって走り続けてきたのだろう。
目的地に向かって急いでいるつもりだったが、どこへ向かっているのかわからないままだった。
人生の後半戦に差し掛かったとき、私はその先にゴールがないことがわかった。
ただ、人生のゴールにあるのは「死」だけであった。
「生き急ぐ」という言葉があるが、私はまさに生き急いでいたのだ。
人生を折り返すとき、人生後半という切符があるとしたら、私はどうすべきだろう。
思いだしたのは、鈍行列車の旅だった。
『私たちはどう老いるか』(稲垣栄洋、小学館)
これまではとにかく目的地に向かってがむしゃらに走ってきた。時速を上げることだけを考えて生きてきた。
車窓の外には、ものすごい勢いで風景が流れていく。もちろん、植物などまるで見えない。
新幹線は便利だが、それは移動するための手段でしかない。
目的地に向かって急いでいたつもりだったが、目的地はなかった。
人生の目的地にあるのは「死」だけだったのだ。
そうだとすれば、目的地に早く着くのはバカらしい。
もっとゆっくり旅を楽しんでみたい。
もう駅弁を楽しむ時間もないような新幹線の旅は、若い人に任せよう。
この世は美しい。その美しい風景をゆっくり見てみたいのだ。
まぁ、人生後半はグリーン車に乗るという考えもあるかもしれないけれど、私はそんなお金がないからね。







