別に詩集を読みたかったわけではない。
ただ「電車の中で詩集を読んでいる人」になりたかったのだ。長い旅で、電車の中でトイレに立つときは、表紙がよく見えるように、本を開いたまま座席に伏せておいた。
「こんな難しい詩集を読んでいるのね。さすが学生さん」と思われたかった。ただ、それだけである。もちろん、そんな気の利いた言葉を掛けてもらったことはない。
寄り道した先には
思わぬ出会いが待っている
ずっと鈍行に乗っていると、だんだんと変化していくものがある。
一番、特徴的なのは、通学する女子高校生の話す方言である。方言がどんどん移り変わっていくのだ。もちろん、男子高校生もいるのだが、面白いことに男子よりも女子のほうが、方言が明瞭だった。ナゼだろう?この謎は今でも解けていない。
線路際に生えている雑草の種類も変化していく。
本当は詩集を読むより、車窓をぼんやり眺めているのが好きだったから、詩集は表紙が見えるように傍らに置いておいて、ずっと窓の外を見ていた。
私は大学で雑草を勉強していたので、線路際に生えている雑草も気になった。面白いことに、地域によって、生えている雑草の種類が異なるのだ。そのせいで、生えている雑草で旅情を感じたりしたものである。
乗り放題切符なので、どこで降りるのも自由だ。
車窓から見える植物が気になって、駅を降りたことさえある。
そうやって、寄り道した先で、思わぬ体験や出会いがあったこともある。すべては良い思い出だ。
とにかく時間だけはあったのだ。
鈍行の旅は、楽しかったなぁ。
しかし、そんなことは学生時代の話だ。
社会人になれば、仕事に追われるめまぐるしい毎日がやってくる。
当たり前の話だが、月曜日から金曜日の朝から夕方までは仕事の時間だ。
行きたくないなぁと思っても、行かないという選択肢はない。それが学生とは違うところだ。
2カ月もあった夏休みは、社会人になるとたった3日になった。しかし、そのうちにわずか3日間の夏休みでさえも、やり残した仕事が気になって必要ないと思うようになった。







