そんなコーヒーやミルクや砂糖も、コーヒー農園や牧場や、サトウキビ畑の誰かの仕事でできている。

 私の生活は、多くの人たちの働きによって成り立っている。

 まさに、王さまのような生活だ。

 そう考えると、世の中で働くすべての人たちに敬意を感じずにいられない。

「私のために働いてくれてありがとう」と、この場を借りて世界中の働く人たちに、心から謝意を表したい。

 それに比べて、私は何かの役に立っているのだろうか?

 大学教授である私がしていることと言えば、「そんなことでは単位をあげないよ」と与えられた数少ない権威を振りかざして、何とかエラそうに振る舞おうとしていることだけだ。

 しかし、私は道に落ちていたレジ袋をゴミ箱に入れたことがあるし、部屋の中に迷い込んだカメムシを窓の外に出してあげたこともある。

 私は私なりに世の中の役に立っているのだろう。

 そう思いたい。

 芥川龍之介の小説『蜘蛛の糸』では、クモを助けたことがある男が死んでから地獄で苦しんでいると、目の前に極楽へつながるクモの糸が垂らされる。どのような方法かはわからないが、カメムシを助けた私にも地獄を脱出するチャンスは訪れることだろう。

 そして、私は多くの誰かによって、支えられ、カメムシも「誰か」に含めれば、私もそれなりに誰かの役には立っている。

細胞が1つあれば
生き永らえる植物の強さ

 漫画やテレビアニメ、映画で人気の作品『はたらく細胞』は、人間の体内の細胞たちを擬人化した物語である。

 細胞たちは、酸素を運んだり、傷口を塞いだり、病原菌やウイルスが侵入すれば、身を挺して戦う。こうした細胞たちの働きによって、私たちの体は維持されているのである。

 ひとつの細胞から成る単細胞生物であった私たちの祖先は、多くの細胞が集まった多細胞生物に進化を遂げた。そして、進化の過程で、細胞の働きは複雑に役割分担されて、私たちの体のような精巧で複雑な仕組みが作られていったのである。

 私たちの体は複雑に役割分担をしている。そのため、細胞のつながりなしに生きていくことはできない。多くの細胞は脳という器官なしには生きていくことはできないし、私たちの存在そのものに思える脳という器官も、脳だけでは生きていくことはできない。