坂本龍馬の銅像Photo:PIXTA

「尊敬する人は誰ですか?」そう問われると、歴史上の偉人や有名人の名前を挙げる人は少なくない。だが、雑草研究者の筆者は、年を重ねるにつれ身近な人こそが尊敬に値すると考え方が変わってきたという。知ると少しだけ優しくなれる、「世界のことわり」とは?※本稿は、静岡大学教授の稲垣栄洋『私たちはどう老いるか』(小学館)の一部を抜粋・編集したものです。

歴史上の偉人よりも
コンビニの外国人店員を尊敬

 学生から「尊敬する人は誰ですか?」と質問を受けることがある。

 若いときは、尊敬する人や目標にする人もいたが、年を取るとようすが変わってきた。

 偉人と呼ばれる人や、すごいと評価される人たちも、じつは欠点の多い同じ人間だということがわかってくるのである。もちろん、尊敬できる部分はあるが、子どものときや若いときのように、すべてにあこがれて妄信するということはなくなった。

 ひとりの人間として「すごいな」「真似できないな」と思うだけである。ただ、尊敬まではいかない。

 その点でいえば、私は若い人も密かに尊敬している。

 本当のことを言うと、学生の中にも尊敬できる人は何人もいる。

 しかし、「尊敬できる人は誰ですか」と質問してきた学生に、「あなたです」と言ったら、気持ち悪がられるから、そんなことが言えるはずもない。

 心底、尊敬しているのは、コンビニの店員である。よくあんなに複雑な業務をこなしているなぁといつも感心する。私であれば、確実に「使えないバイト」として迷惑を掛けてしまうことだろう。

 若い人もすごいが、定年退職したくらいの人が初心者マークをつけて、一生懸命、レジを打っている姿を見ると心から尊敬する。