量子コンピュータが私たちの未来を変える日は実はすぐそこまで来ている。
そんな今だからこそ、量子コンピュータについて知ることには大きな意味がある。単なる専門技術ではなく、これからの世界を理解し、自らの立場でどう関わるかを考えるための「新しい教養」だ。
『教養としての量子コンピュータ』では、最前線で研究を牽引する大阪大学教授の藤井啓祐氏が、物理学、情報科学、ビジネスの視点から、量子コンピュータをわかりやすく、かつ面白く伝えている。今回、藤井氏にインタビューを実施。量子コンピュータに関するよくある誤解について聞いた。(取材・構成/小川晶子)

【あなたも誤解していませんか?】量子コンピュータとスーパーコンピュータは全く別のものだったPhoto: Adobe Stock

量子コンピュータは従来のコンピュータとは全く別のもの

――時々ニュース等で「量子コンピュータ」が話題になっているのを見かけますが、知識のない私たちには理解が難しいところもあります。藤井先生から見て、量子コンピュータにまつわる「よくある誤解」とはどのようなものですか?

藤井啓祐氏(以下、藤井):一番の誤解は、今あるコンピュータの延長線上にあるように捉えられている点だと思います。

たとえば、「処理速度が10倍速くなる」というようなイメージがあって、「エクセルの計算が速くなるんですよね?」と聞かれることはしばしばあるのですが、量子コンピュータと従来のコンピュータとは根本的に違うものです。作り方から原理に至るまで、まったく似ていません。

ですから、従来のコンピュータが速くなるとか安くなるといった細かいところで勝負しているわけではないんです。逆に言うと、従来のコンピュータが頑張ったら何とかできるというものを量子コンピュータにやらせてもあまりメリットはありません。

1台作るのに10億、購入するなら100億というお金もかかりますしね。

――同じ「コンピュータ」という名前がついていても、まったく別のものなんですね。

藤井:今使われているコンピュータは、0と1の2種類の数字ですべてを表現して計算をしています。

たとえばZoomを使ったオンラインミーティングはものすごく複雑なことをしていそうですが、コンピュータの中を覗いてみれば、結局は0と1のかけ算と足し算を使った計算処理を高速でやっているんです。

計算のルールが違うとどうなるか

藤井:情報を0と1のビットという単位で表現するのが従来のコンピュータですが、世の中には白黒つかないものもたくさんありますよね。

量子コンピュータは0か1かを決めつけずに、両方の可能性を残したまま情報を処理します。
量子力学の専門用語では「重ね合わせ」と言います。

そもそも情報を必ず0か1かにどちらかに決めなければならなかったのは、コンピュータを作るうえで便宜上そうなったというだけです。現実の世界、量子力学の世界では、白黒つかない状態が許されています。

ということは、無理やり白黒つけるのではなく、量子力学の原理に従って情報を処理してもいいはずです。0と1の重ね合わせの状態を許す量子力学のルールで計算をさせるのが量子コンピュータなんです。

――計算の仕方がまったく違うので、従来のコンピュータと量子コンピュータとではできることも違うということなのでしょうか。

藤井:計算の難しさは、ルールによって変わります。

たとえば、足し算だけ使って「7のかたまりが9個」の合計を計算するには、7+7+7+7…と9回足さなければなりませんが、かけ算を使っていいとなれば7×9と一瞬で計算できてしまいます。

同じように、0と1の重ね合わせを使っていいというルールにしたことで、どういう問題がどのくらいの速さで解けるかが変わるのです。

素因数分解を高速で解くことができる

藤井:その最たる例が素因数分解です。
素因数分解は、小さな数字なら簡単です。

たとえば「15を素因数分解してください」と言われたら、すぐに「3×5」だと分かると思います。ところが、桁数が多くなると一気に難しくなります。

ちなみに10,403を素因数分解してくださいと言われたらどうですか?

――まるでわかりません。

藤井:これは「日本科学未来館」等で小中学生に話をするときによく出す数字なんですが、イベントに積極的に参加するような中学生はけっこう尖っている子も多くて10秒くらいで答えを出しちゃうんですよ。

――ええっ!本当ですか?

藤井:1万くらいの数字ということは、100×100くらいだとあたりをつけたうえで、下一桁が3ということは片方は103だろう。だから101×103というふうにたどり着くんです。実はそうやって答えを見つけられる数字を問題にしています。

でも、普通はなかなか答えられないですよね。
桁数がもっと大きくなると、爆発的に候補の数字が増えてしまって計算が難しくなるのが素因数分解です。

従来のコンピュータで一つひとつ計算しているとものすごく時間がかかります。これが量子コンピュータなら高速で解くことができることが知られています

――素因数分解が速くできると、具体的に何か変わるのでしょうか。

藤井:情報のセキュリティに影響を与えます。

素因数分解は、インターネットやクレジットカード決済に使われている暗号化の方式に利用されています。暗号の安全性を担保するために桁数の多い素因数分解が使われ、簡単に解かれないようになっているんです。

たとえば617桁の数字を素因数分解するには、従来コンピュータでは何万年もかけて計算しないとできません。

一方で、量子コンピュータは計算のルールが違うから高速で解けるということなんです。

――なるほど。次回は暗号とのかかわりについて詳しく教えてください。

(※この記事は『教養としての量子コンピュータ』を元にした書き下ろしです。)