量子コンピュータが私たちの未来を変える日は実はすぐそこまで来ている。
そんな今だからこそ、量子コンピュータについて知ることには大きな意味がある。単なる専門技術ではなく、これからの世界を理解し、自らの立場でどう関わるかを考えるための「新しい教養」だ。
『教養としての量子コンピュータ』では、最前線で研究を牽引する大阪大学教授の藤井啓祐氏が、物理学、情報科学、ビジネスの視点から、量子コンピュータをわかりやすく、かつ面白く伝えている。今回、藤井氏にインタビューを実施。誰にも破られない「量子暗号」について聞いた。(取材・構成/小川晶子)

【誰も絶対に見ることができない】超安全な「量子暗号」は実用化の段階に来ていることを知っていましたか?Photo: Adobe Stock

実質的に解けない暗号と、覗き見ることができない暗号

――『教養としての量子コンピュータ』には、「誰にも破られない暗号の作り方」の話があって興味深かったです。あらためて、どういう仕組みなのか教えてください。

藤井啓祐氏(以下、藤井):まず、従来の暗号と量子暗号について整理しておきましょう。

従来のコンピュータは情報をすべて0と1の2種類の数字で表現し、かけ算、足し算で計算しています。
従来のコンピュータで使われる暗号の安全性は「計算量的安全性」といって、コンピュータでその問題を解くのが難しいから実質的に「解けない」、つまり安全だということになっています

典型的なのは素因数分解ですね。
桁数が大きくなると爆発的に難しくなり、従来のコンピュータでは計算に膨大な時間がかかるので実質的に解けないと言えます。これが今使われているほとんどの暗号方式です。クレジットカード決済や銀行間取引などにも使われています。
今のコンピュータで使えるので使い勝手がいいのですが、ものすごい計算パワーを持った人が現れると解かれてしまうのが問題点です。

盗み見れば必ずバレる仕組み

藤井:それに対して、量子暗号は量子力学的な原理を使って暗号化するため、もっと根本的に安全性を担保できます。量子力学という物理法則に反しない限り、解読することができないのです。

――どういうことですか?

藤井:量子的な「重ね合わせ状態」を情報に埋め込み、もし第三者が盗聴しようとすれば、その観測によって盗聴の痕跡が残り、検出されるという仕組みです。
量子力学では「重ね合わせ状態」といって0と1のどちらか決まっていない状態を創り出すことができるのですが、この重ね合わせ状態を覗き見ると、その瞬間に0か1かのどちらかに決まってしまうんです。つまり、「重ね合わせ状態」が壊れてしまう。

たとえば0と1の「重ね合わせ状態」を埋め込んだ情報を相手に送ったとき、状態を知らない人が覗くとそれが壊れてしまうけれど、情報の埋め込まれ方を知っている相手には読み取ることができます。
誰かに覗かれて壊れているのか、元通りの状態であるのかもわかるんです。

――バレずに盗み見ることができないのですね。

藤井:できません。実は我々専門家も「重ね合わせ状態」を見たことはないんですよ。「重ね合わせ状態がある」と解釈するとうまく説明ができるのでそう言っているのですが、見ると壊れるので見られないというジレンマがあります。
しかも、覗き方によって壊れ方が変わるという性質もあります。ですから、痕跡が残っているものは捨てて、痕跡のないものを使えば安全です。インフラとして量子的な光源と検出器が必要にはなりますが、その代わりにどんな計算パワーをもってしても解読できない暗号にできるのです。

量子暗号通信の実用化はすぐそこまで来ている

藤井:量子暗号通信の実用化に向けて、総務省が東京ー神戸間600kmの通信網を作ることが最近ニュースになっていました。
2026年度に整備し、27年に実証を始めるとのこと。インフラ整備が必要とはいうものの、日本中に光通信ネットワークがありますから、光量子に情報を載せて通信をするわけです。
量子コンピュータよりは簡素な量子デバイスで実現できるので、ほぼ実用段階まで来ていますね

(※この記事は『教養としての量子コンピュータ』を元にした書き下ろしです。)