朝に新聞を読むビジネスマン写真はイメージです Photo:PIXTA

小説家や歴史に名を残す偉人は朝型人間が多い。「朝飯前」や「tomorrow」といった言葉の語源を辿ると、朝型が人間の生活リズムに合っていることがわかる。言葉と歴史が証明する、朝の力に迫る。※本稿は、ロングセラー『思考の整理学』の著者・外山滋比古の新刊『乱読・乱談のセレンディピティ』(扶桑社)の一部を抜粋・編集したものです。

「朝飯前」という言葉が教える
朝の時間の大切さ

 辞書を見ると、“朝飯前”に、「(1)“朝食を食べる前”、(2)[朝食を食べる前の一仕事で仕上げられることから]きわめて簡単なこと。非常に容易なこと」(大辞林)とある。

 これでみると、朝飯前は、あっさり片づけられる仕事の意味である。それが正しいのだろうが、なぜ、朝飯前の仕事が、かんたんな仕事となるかというところの説明が欠落しているように思われる。

 朝飯前が、容易に片づく仕事の形容になった理由があるはずで、それは、朝起きて食事をするまで、人間の頭も体もたいへんよくはたらく。疲れていないからテンポも速い。厄介なことでも、さっさと処理できる、という隠れた意味があるはずで、つまり、仕事がかんたんなのではなく、朝飯前の時間の能率がよいことをあらわしたのではないかと考えた。

 朝の時間の礼賛が本意であろう。

 たまたま中国文学の学者と雑談していて、「なぜ、朝廷、というか知っていますか」ときかれた。もちろん、知るわけがない。

 きいてみると、中国の昔、君主が政治をする役所は朝の日の出とともに開いたといわれる。それで朝廷の名が生まれた、というのである。

 朝飯前よりももっとはっきりした朝の思想である。たいへん感心し、改めて、朝の時間の大切さを教えられたような気がした。

 ウォルター・スコット(Walter Scott)は歴史小説で知られる昔のイギリスの小説家で、ひところは日本でもかなり読まれたが、おもしろいエピソードがある。