量子コンピュータが私たちの未来を変える日は実はすぐそこまで来ている。
そんな今だからこそ、量子コンピュータについて知ることには大きな意味がある。単なる専門技術ではなく、これからの世界を理解し、自らの立場でどう関わるかを考えるための「新しい教養」だ。
『教養としての量子コンピュータ』では、最前線で研究を牽引する大阪大学教授の藤井啓祐氏が、物理学、情報科学、ビジネスの視点から、量子コンピュータをわかりやすく、かつ面白く伝えている。今回、藤井氏にインタビューを実施。量子コンピュータが得意なことと、量子コンピュータが変える未来について聞いた。(取材・構成/小川晶子)
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量子コンピュータが得意なこと
――量子コンピュータは素因数分解が得意で、暗号に関して盾ともなり矛ともなるというお話を伺いましたが、他にはどのようなことが得意なのでしょうか?
藤井啓祐氏(以下、藤井):量子コンピュータが得意なのは、自然界の現象を正確にシミュレーションするといった、量子力学が関係する複雑な問題です。
むしろ素因数分解が得意なのは驚きで、奇跡的なことなんです。量子がまったく関係のない、数学の世界で記述されるような問題なのになぜか得意だったんですよね。
――面白いですね。本来はそっちじゃないわけですか。
藤井:そうなんですよ。
たとえば身の回りのいろいろなものの性質や化学反応は、ミクロな世界で電子が量子力学的に振る舞うことによって決まっています。これを、0と1のかけ算・足し算しかできない従来のコンピュータでシミュレーションしようとすると、精度を高めるのが難しいのです。スーパーコンピュータをもってしても正確にシミュレーションすることはできていません。
それが量子コンピュータを使って効率よくシミュレーションできるようになれば、いろいろなモノ作りのイノベーションが起こるでしょう。
自然界の現象を理解して、地球規模の課題を解決
――具体的にはどのようなイノベーションが考えられますか?
藤井:いま地球温暖化が進んでいますが、その原因としてCO2の濃度が指摘されています。
CO2を減らすために、CO2を捕まえる機能がある材質を作ることができたらいいですよね。
2025年のノーベル化学賞は、京都大学の北川進特別教授らによる「金属有機構造体(MOF)の開発」に贈られました。
複雑な分子構造にCO2がスポっとはまって捕まえることができると期待されています。こうした、「スポっとはまって捕まえることができる」というのは量子力学的な電子の性質によるものなので、従来のコンピュータではシミュレーションが難しいのです。
現在はトライアンドエラーでモノ作りをしているわけですが、コンピュータ上で試せるようになるとコストと時間が短縮されるはずです。
こういった自然界の現象をシミュレーションして理解する、モノ作りに活かすということは量子コンピュータによって加速するでしょう。地球規模の課題に対する新たな解決策を見出すことができるのではないかと期待されます。
その人に合った薬の処方ができるようになる
藤井:他にも、それぞれの人に合った薬を見つけるのにも活用できます。
薬は体重に合わせて処方されますが、人によって効き方が違いますよね。
たとえば抗がん剤は人によって効く・効かないがあって、それが検査してわかるまで待たなければならないという難しさがあります。
量子力学を使ったテクノロジーは、体の中で起きている反応を好感度にセンシングすることが可能なので、量子コンピュータによるシミュレーションと組み合わせることで、その人に合った薬を処方できるようになるでしょう。もしくは新たな対処法も検討できるかもしれません。
現代は充分に科学技術が発展しており、あらゆることがわかっているように感じますが、実はわかっていないことだらけです。
自然界と同じルールで動くコンピュータができれば、自然界の現象への理解が進み、いろいろな課題の解決策が見出せるようになるのではないでしょうか。
(※この記事は『教養としての量子コンピュータ』を元にした書き下ろしです。)





