谷崎とポーの影響から乱歩のオリジナリティも見えてくる
では、その両作を受けて乱歩が書いた『パノラマ島綺譚』では、どうなったのか。莫大な資産によって理想郷を実現するところまでは共通しているが、主人公の人見広介が売れない作家で、まるで金がないというところが大きく違う。
つまり、潤沢な資産があった『アルンハイムの地所』や『金色の死』の主人公とは異なり、『パノラマ島綺譚』の主人公は、単なる妄想として理想郷を思い描いていたことになる。
ところが、ある日、自分とうりふたつで大金持ちの同級生の菰田源三郎が死亡したと聞き、人生が一変する。貧乏作家に過ぎなかった人見は、自殺したかのように偽装する一方で、富豪である菰田は蘇生したように見せかけることで、入れ替わることに成功したのである。
資産を手に入れた人見は、どんな理想郷を実現するのか。また、菰田の妻を始めに周囲の人間にバレずに済むことはできるのか……そんなストーリー展開へと発展させている。
「自分の思うままの世界があったならば……」という想像自体はありきたりなものだが、3作品はそれぞれ主人公のタイプが異なるだけに理想郷のかたちも様々だ。「どのように創作に発展させるのか」という観点で作品を読み比べても、発見があることだろう。
作品を絶賛した乱歩だったが…
乱歩が1925(大正14)年に発表した『D坂の殺人事件』の作中で、谷崎潤一郎の『途上』をさりげなく取り上げたことはすでに書いたが、それだけでは気が済まなかったようだ。
同年8月の『新青年』という雑誌の臨時増刊号においても、乱歩は「日本が誇り得る探偵小説」として『途上』を褒めている。その結果、にわかに『途上』が注目されるようになった。
作者の谷崎もさぞ喜んでいるだろう……と思いきや、複雑な心境だったらしい。5年後の『新青年』において、谷崎はこんな心情を吐露している。







